優しい運転

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優しい運転

「優しい運転するのね」  中村はフライドポテトを三本咥えて、僅かな隙間でストローを介してコーラを啜る。 「車を大事にしようと心掛けていたらこうなった」 「あら、ストロー潰れた。紙製だとどうしても」 「話聞いてるか?」  中村はコップから紙製の蓋を外す。直接コップの縁に口を付けることにした。 「そうだ、口紅ずっとしてないんだった。なら!」  コーラを豪快に呷る。  そして、 「きゃ。今、急ブレーキ?」 「割り込みが来たんだよ。それでな。なんでもかんでもハイテクにするならこういうのも捕まえてほしい」 「そーね。急ブレーキの渡辺君に言わなきゃなんだけど、」  中村は改めた表情になる。 「どうしたんだ?」 「ポテトこぼした。せっかく塩たくさん振ったのに! たくさん掛けた渾身のフライドポテト!」 「知るかぁ、お前えええ! 俺の愛車だぞ」 「でも今日までなんでしょ?」 「なおさら汚すなよっ!」 「仕方ない。急ブレーキだし」 「もう、分かったよ。ファーストフードで持ち帰りにした俺が悪い」 「素直に謝れて偉いのお」 「てめえ」  渡辺は中村に聞こえない声で言う。  それから、車を走らせて。 「食べた、ゴミ。どうしたらいい?」 「袋に詰めといてくれ。紙袋」 「分かったわ。これね、これ」 「俺の車、ちょっと音がするんだろ?」 「確かに。よく聞かなきゃだけど、聞こうとすればね」 「もう寿命だからな。この車、この異音が出てもな、頑張ってくれて」 「ふえ? え、ええ? 怖い。途中で壊れる?」 「俺にもどうなるか。たぶん爆発してバラバラだろうな。ごめん」 「え、ええ? 私何かした? 死にたくないんだけど」 「本当に死にたくないのか?」 「それはそうでしょ、私が高校のときに振ったから? だってあのときは彼氏いたし、どうしてこんなに恨んで、」  中村は焦った表情で冷や汗を流して言う。  渡辺は意地悪に微笑む。 「恨んでないな。ただそういう設計なんだよ、走行中にちょっとだけ音が出る、その設計が一番エコなんだってな。今の全く無音の車よりも省エネ設計だ」 「怖かった、もう」 「ごめん。だけど、中村さん。死にたくないんだろ?」 「気にしてたの?」 「死なれたら寝覚めが悪いからな」 「死なない、そういうつもりだから。心臓に悪いこと言わなくてもいい」 「分かった。安心した」  「死にたくないから、誰でもいいから、幸せじゃない人なら誰でもいいから話したいって思ったの」  中村は悲しそうな目を下に向ける。その表情を見ずに運転に集中している渡辺は。 「幸せじゃないだって? こいつ!」  少しだけ怒っていた。  
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