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必要なこと
最後の愛車でドライブということで。
渡辺は家から遠いショッピングモールに来ていた。
「買うもの決まっているなら、ネットで予約しておけば楽だったよ」
「中村さんは分かっていないな。食材はな、目で見ないと分からない!」
「私、共働きだったけど買い物担当していた。渡辺君、こだわり強い?」
買い物カートに籠を乗せて、渡辺が押している。
中村はカートを置いてすぐどこか行ってしまうため、中村はカートを見ることになった。
「代替塩と代替砂糖だと! くそ、ハイテクに負けるものか。テレビでは人工種による花木で町おこしすることとか紹介して、スマホで大量の人工知能にアクセスできるようになって、味も香りも簡単に変えられるようになって、天気も制御ができるようになって」
「その技術のおかげで豊かになったでしょ。それとね、ネットで注文して店舗で受け取る、とっくの昔にあったわよ。高校生になる前には既に」
「まじかよ」
「まじだよ。このポンコツ、いつから時代に取り残されているの?」
中村は手を後ろに組んで身体を少し前に傾ける。
「で、何買うの?」
「牛肉、鶏肉、魚の干物、ナスや椎茸もいいな。七輪パーティするから。森の保全のために木を切って、それを炭にして売っているらしい。ハイテクじゃない、応援すべきだ」
「渡辺君にしては楽しそうだね。ハイテクへの警戒心が分からないけど。ハイテクに何かされた?」
「早いところ置いていかれて。そのまま生きていたら一緒にいるのが苦しいって振られた。バツイチ男の誕生だ。ここまで来たら一生アンチハイテクで生きてやるってな」
「そう。でもそれだけで離婚になるものなの? 二人で生きていれば互いに妥協は必要でしょ? 私だって妥協してた。大好きで結婚して、そういうものって思って大事にして、失ったらもう何もなくなる。取り残されるって辛い。あと一回だけ会えるとしたら、一言だけ伝えられるとしたら、私を置いていくな馬鹿、一生愛するって約束したのに早死にして責任逃れするつもりなのかって叱ってやりたい」
中村はお酒コーナーへ行って、缶を二つ入れた。
「俺は運転だぞ?」
「二つとも私のもの。私はあと一回だけ旦那のことを思って傷つくから、渡辺君はあと一回だけ愛車のことを思って泣いていればいいわ。旦那と私にとってはお酒が似合うものだけど、飲酒運転が厳しいし車にとって飲酒は合わない。私だけでしょ、お酒」
「飲酒運転になるからな。手放して、家でゆっくり飲むよ」
「私も呼ぶといいわ。不幸同士」
「不幸同士、ねえ」
食材を買って、家から持ってきたクーラーボックスに詰める。
「行き先は?」
「火を使っていい、珍しい川沿い。自動車もすぐ近くまで停めていい」
「分かった。運転は任せた。ふわあ、私少し寝るから」
「ああ」
「相棒と二人きりの時間も大事でしょ。最後だから」
「人間じゃないから二人きりではない」
「揚げ足取りだ。流石はバツイチ」
車を走らせる。
目的地へ向かう。
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