七輪

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七輪

 川沿いに着く。  渡辺が後ろの席に着くと、中村はスマホを眺めていた。  車を降りて七輪の準備をする。  車から離れた。  電気式の着火装置で火種を作ろうとするが、渡辺は上手くいかない。 「初めて?」 「悪いか」 「お腹空いた」 「電気式のこれ、使ったことないんだよ」 「任せて」  と十分もしないうちに火が付いた。  渡辺と中村は折りたたみ椅子を広げて座る。  早速中村は缶を開けた。 「お前!」 「別にいいでしょ。って、焼き肉のタレもアジメイじゃないんだね」 「当然!」 「私の友達がアジメイに勤めてて」 「アンチでごめん」 「そういう意味じゃないわよ。その、ニュースになった殺人未遂の子が同じ部署の子で。大変だったって聞いた。毒を盛られてから母親の手料理しか食べられなくなって。既製品もだめ、母親が作っても料理しているところ見ないとだめってくらい追い詰められて。あまり食べられなくなって、もう退職するんだろうなって思って、あと一回は話してみたいって会いに行ったって。そしたらみるみる元気になって、また働いているんだって。タフになったって」 「あのニュースにそんな結末が」 「人って一人で生きていけるかもしれないけど、一人が一番弱いって思う。だから私もあと一回だけ、渡辺君に会いに来ていい? 取り残された不幸同士話しが弾むって思う」 「いいよ、暇だし」  七輪に魚の干物、牛肉、鶏肉、ナス、ピーマンを一切れずつ並べる。  中村は酒を飲む。 「ということは、渡辺君がナスとピーマンで、私が牛肉、鶏肉ってこと? 普通は偶数で焼かない?」 「確かに」 「馬鹿なの?」 「ごめん」 「そこまで怒ってない。魚っていつまで焼けばいい?」 「表面がかりってなって、中がふわふわだろ」 「分かった」  焼けたものを取り出して、焼き肉のタレや塩に浸ける。  魚の身をほぐして頬張った。 「炭火美味しい」 「ああ」 「私は豊かになっていって置いていかれているって思うこともあるけど、今の方が便利だって思っているよ。できないことも増えていくけど、可能性の方が多いはずだから。未来の技術によって過去の技術が消えるってことはそういうことだと思うから」 「塩がすべて代替塩になることはあったとしても先で、野菜の栽培がすべて人工種になることも先だと思うけど、もう天気は制御し続けるしかない。俺が知らないところでいろいろ変わるのは怖い。ガソリンが手に入らなくなって、愛車を手放す事態に追い込まれたのも俺がどうにかできる問題ではなかった」 「今あるものを享受するしかない。私も私が知っているものが消えていく世界で耐えながら、扱える範囲の便利にしがみついて生きていこうと思ってる」 「俺は、美味いものが食べられるなら納得するしかないって思うよ」  渡辺は鶏肉を掴んでタレに浸けた。 「はあ? それは私が育てたものですが?」 「追加するから」 「じゃあ多めにね」 「分かったよ」  七輪パーティは続く。  中村は缶を二つ飲んで眠ってしまった。  渡辺は片づけを一人でして、中村を後部座席に乗せる。  酒が弱いらしい、高校の時に仲良くしていたということは、結婚事情とか酒とか知らないことも多いわけだ。 「帰るか、相棒。これで最後だな」  運転を再開する前に、渡辺は気になったことがあった。  スマホを開いてつぶやきアプリを開く。  高校の時のメンバーを思い出して、つぶやきアプリを覗いてみた。  ほとんどつぶやきがない。  次に写真投稿アプリを見ると、子供が同学年になるとか、誕生日に久しぶりに集まりましたとか投稿していたことを知った。  渡辺は大学以降の友人が多い。  中村からダイレクトメッセージを受けて驚いていた。   投稿写真には何度か中村が映っている。  そうか。  今の不幸じゃ、あの幸せに対抗できない。  もう一緒にいたくない。  それは仕方ないのだ。 「取り残されたって思うよな」  後部座席で眠る中村を見る。  時々微笑んでいた。 「おやすみ」  車を走らせる。  愛車の乗り心地というのは渡辺が気に入っていたところだった。  眠る中村を見て、最後に乗せて良かったと思った。  相棒が報われた。  バツイチになってから相棒は渡辺しか乗っていなかったのだ。
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