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 署に戻るとすぐ、井口卓也の病室を張っていた岡崎に電話を入れた。  岡崎によると、井口卓也はずっと布団の中に隠れるように寝ていたらしいが、特に変わったこともなければ、よそからの侵入者もなかったらしい。 「そうか。ご苦労さん。すぐに交代の刑事が行くと思う。そしたら直帰しろ」  多嶋が労いの言葉を掛けると、岡崎から逆に心配された。 「主任はこれからどうなさるんですか」 「まだ少し情報の整理をして、時間になったら井口恵子の通夜に行く」 「了解です」 「ああ、あと、気になることがあるんだ」  多嶋は少しためらいながら言った。 「井口卓也君が入院している病院に、佳奈が行っていないかどうか」 「それなら調査済みです。彼が入院してから、正面と西口の出入り口にある防犯カメラには三波佳奈ちゃんらしき人物は写っていませんでした」  岡崎との会話を終えると、多嶋は自分のデスクに座り、本日得た情報を整理しようとした。『穢れ』に関することだ。捜査班のホワイトボードに書くわけにもいかず、失敗したコピー用紙の裏紙に集めた事実を書きなぐった。 ・土方邦明=土方家の分家 民俗学の教授 土方の肉親か? ・山下家の古い書物→土方邦明が持ち去る ・河童ヅカとオチボ池について→わざと省かれた ・旧小玉村の史料を佳奈とだれかが借りようとした 友人?→ゆうか? ・ケガレ、最初の事件は紙に書かれた願い事から始まる ・兵役で村の外にいた人物はケガレから逃れた ・ゆうかの大叔父=土方、あるいは父親は分家の息子、あるいは孫? 養子の可能性  そこまで書いて、多嶋はハッとして頭を上げた。  土方は「息子らは外に出ているから大丈夫だ」と言った――ことを思い出した。 (あの男は村の外にいれば安全だということを知っていたんだ……)  だが厳密に言えば、向陽台も向陽小学校も、井口くんの母親が電車に飛び込んだ踏み切りのある地区も旧小玉村の外にある。それなのに、作文に書かれた『穢れ』の対象者たちは、鈴木明菜以外、村の外で殺された、あるいは怪我をしている。多嶋が心霊現象を体験した並川署や図書館も然り。ここ並川署に至っては、向陽小学校の校区ですらない。  だが、佳奈の作文が『穢れ』とするならば……。  多嶋は一つの仮定を思いつく。  それならば、佳奈の行動範囲全てが『穢れ』のターゲットの範囲になり得るのではないだろうか――と。  多嶋はすぐに、病院で張り込みを続けている岡崎に電話をかけた。 「あ、岡崎か。すまんが、交代してからもうひと仕事、頼みたいんだ」 「いいですよ、何ですか」  岡崎は多嶋の要請を快く引き受けてくれた。 「佳奈が失踪する前日の防犯カメラの事、憶えているか」 「駅の防犯カメラですよね。佳奈ちゃんらしき女の子が写っていた」 「そうだ。あの日の午後四時くらいから九時、面会時間終了までの、病院の出入り口の防犯カメラの映像が残っていたら、佳奈が写っていないか調べてくれ」  井口卓也が事故に遭うより二日前だ。案の定、岡崎が怪訝そうな声で聞き返してきた。 「仮に、その日に彼女がここに来ていたとしても、井口君とは関係ないんじゃないですか」 「そうなんだが……ちょっと気になることがあってな。手間を取らせるが、頼む」 「いいですよ。今度、食事でも奢って下さいね」  少し茶化して返事をした岡崎に、多嶋も軽く答える。 「ああ、どんなご馳走でも奢ってやるよ。だから頼んだぞ」
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