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「多嶋さん! ちょっと来てください」
遺体を調べていた検視官だ。
多嶋は周りの状況を壊さぬよう、気を付けながら近づいた。
「これです。何かを掴んでいたので、取り出しました」
ビニールシートの上に置かれたのは、丸められた紙切れだった。
「右手は水の中でしたが、左の手は水に浸かっていませんでした。その左手に握られていた物です」
「不自然だな」
人間が死ぬと、筋肉は一旦弛緩する。だから握っていたとしてもその手は緩んでしまうものだ。
「死んでから握らされたのか」
多嶋の問いかけに篠原が答えた。
「そう考えるのが普通ですよね。犯人からのメッセージか何かだと」
「はい。しかし、この辺り、彼以外の足跡が無いんですよね」
別の鑑識官が首をひねる。
「状況から見ると、紙を見つけて掴んだ後、強い衝撃や精神的ショックにより強硬性死体硬直を起こしたことになる」
「紙を握った直後に襲われたとすれば、あり得ない話でもないですね。これだけの傷を一撃で与えられたとしたら、握りしめたまま死後硬直を迎えても不自然じゃありませんから。しかし、傷自体は失血の少なさから、死後えぐり取られた可能性の方が高いですが、水中ですからね、それも断言はできません」
「んじゃ、なんで足跡が残っていないんでしょうね」
「それをお前が捜査するんだよ」
篠原の呑気な声に喝を入れる。
多嶋は手袋はめて紙を掴み、破れないように注意深く広げた。濡れてふやけた紙に、赤い文字がぼやけて見える。
それを見た多嶋は、その場によろめいた。
「多嶋さん?」
多嶋の後にくっついていた篠原が、多嶋の背中とぶつかってぶつけた鼻に手を当てた。
「ちょ、だいじょうぶっすか」
大丈夫なわけあるか! 心の中で悪態を吐く。
紙に見えた文字は平仮名だった。
――たじまさ……といっしよ…くら…ま……よう…
滲みと破れでほとんどの部分が読めなくなっていたが、明らかに「たじま」の文字が見えた。
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