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「ありがとうございます」  礼を言った多嶋に、正子が首を振る。 「でもね、だからと言って、その男の子が逃れられるとは限りませんよ。もちろん、すでに怖い思いをしているようだから、これ以上のことは起きないかもしれないですが」 「わかっています。今、警察が二名、彼の病室を守っています」  そんなもので『穢れ』が拭えるはずもない。そう言いたそうな目で正子は多嶋を見た。 「あと、土方家というのは大きかったのでしょうか」  図書館でコピーした紙を見せる。幕末から明治初期の農作物を含めた特産物の資料で、副業を営んでいた家名が記されている。ここに土方の名前も読むことができる。 「そうねえ、内情はよく知らないですが、私が子どもの頃には、うちよりも大きかったわ。うちなんて大地主と言っても、戦後の解放令で手元に残ったのは、金にもならない小さな田圃や山ばかり。比べてあそこは、昔は養蚕で随分儲けたと聞いていますわね。本家は農業一本でしたけど、分家だった先生の家は、別の事業もなされていたとか」 「田園の近くに住む土方さんのことはご存知ですか」 「ええ、まあ、この村の古い家の方はほとんど把握しておりますよ。下谷中のあそこが本家ですよ。でも、ずいぶん昔に分家から養子をとって、家を繋いだと聞いて……あら、いやだ」  何かを思い出したのか、再び口を閉ざした。 (多分、『穢れ』に関することだ)  これ以上は話してくれること無ないだろうと確信する。そしてその通り、正子は取り繕った笑みを浮かべ、話を終わらせた。 「ごめんなさい。よそ様のことをべらべらと喋り過ぎました」  丁寧に礼を言うと、多嶋は席を立った。  多嶋を送り出す時、正子は本心から同情を示すように言った。 「佳奈ちゃんを早く見つけてあげてください」  正子は佳奈が生きていると信じているのだろうか。それとも、佳奈の遺体を発見せよと言っているのだろうか。 「もちろんです。私は佳奈が生きていると信じています」  正子の額に、薄く皺が刻まれた。
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