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佳奈が散らかったテーブルの上のゴミを床に落とした。
「おい、床に落とすな。ゴミ箱に入れろ」
「ゴミ箱なんか先週からいっぱいだよ」
佳奈の言い訳にため息を吐き、シンクの下の引き出しを漁る。地域指定のゴミ袋が無くなっていた。
胸の手帳を取り出す。
「燃えるゴミの袋、チンするご飯……あと欲しいものあるか」
「欲しいのはまともに愛してくれるお母さん」
「そうだな。だが、ママはちゃんと母親をしている。ほら、できたぞ」
温まった煮物と卵焼きを並べ、キャベツにマヨネーズをかける。マヨネーズが好きなのか、ストックが三つもある。
「多嶋さんも一緒に食べる?」
佳奈が多嶋の買ったおにぎりの一つを差し出した。
「いいよ。佳奈が食べろ。残りは朝ご飯にすればいい」
「あぁあ、毎日、一人飯は寂しいなあ」
まるで家族に見捨てられた親父のような台詞を口にした。
「どこでそんな台詞を覚えた」
「ドラマ」
佳奈の唯一の娯楽であろうテレビも、画面に薄く埃が溜まっていた。
母親は今頃、外で誰かと食っているのだ。それも男と……
「じゃあ、一個だけ食べようかな」
椅子を引いて佳奈の前に座った。
並べた皿を見て物足りなさを感じる。正直、この量だとこの子の腹は膨れない。品数や量が少ないのは、このところ買い物に行っていない証拠だ。
「お菓子も足しておくか……佳奈、パンも食べるだろ」
手帳に書き足す。
「ありがと。上司に叱られないようにしてね」
「お前、まだ小四だろ。子どもが生意気言うな。大丈夫だよ、俺の家からいらねえもんを適当に持ってくるだけだから。ほら、これ」
ズボンのポケットから取り出した紙袋を佳奈の目の前に置く。
「今どきの女の子の好みとかわからないから、センスはないと思うが。まあ、お守りだ。佳奈が怖い思いをしないように。俺がずっと見張っているわけにもいかないからな、俺の身代わりに付けておけ。幽霊除けにもなる」
つまらない物だ。並川駅前のディスカウントショップで売っていた防犯ブザーのキーホルダーだが、佳奈の好きなウサギのキャラクターの顔になっていたから、つい買ってしまった。
「優しいね、多嶋さん。多嶋さんがパパだったらいいのにな」
深爪ではないかと思うほど短くなった爪の人差し指が、キーホルダーの金具をつまみ上げた。嬉しそうに目の前でウサギの顔を揺らしながら、コテンと首を傾けて多嶋の顔を見上げる。
「パパになれたらいいが、警官は二年から五年おきくらいに異動があるんだよ。ずっとそばにはいられない」
自分で言っておいて後悔する。子供相手に何を現実的に答えているのだ――と。
佳奈が悲しそうな顔で見つめるから、つい、言い訳がましいことを口走った。
「大丈夫だよ、俺はまだ異動しない。それに十年以上、同じ署で勤めている警官だっているんだ」
それを聞いた佳奈が立ち上がり、座ったままの多嶋に抱きつく。
「ずっとここにいて欲しいな」
きゅっと力を込めた細い腕の感覚に切なくなった。
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