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「多嶋さん……」
李佳子は多嶋の顔を見ると、気まずそうに目を逸らした。
母親の李佳子もまた、佳奈以上に心の中が見えないタイプの女だった。くだらない口答えだけは達者だが、自分の想いは隠したがる。
そういう所は似た物母娘だと思う。
「佳奈ちゃんを送り届けた」
「いつもありがとうございます」
団地の階段に点いている蛍光灯の灯りは心許なく、李佳子の姿は実物よりさらに儚く見えた。
くせのない黒髪は緩くまとめられていたが、すでに乱れて後れ毛が艶めかしい。後れ毛をかき上げる華奢な手首に、糸ほどに細い金色のチェーンが揺れた。
「男の人と逢っていたんですか」
柔らかな素材のブラウスから、煙草の匂いがした。
「ほっといて下さい。別に問題ないでしょ。夕食だって用意したんだから」
「プライバシーに踏み込むつもりはありませんが、佳奈ちゃんは一緒にご飯を食べてほしいと願っています。まだ、家に独りでいさせるには早い年齢です」
「もう四年生よ。私だって子供の頃は鍵っ子だったの。共働きの家庭ではよくあることでしょ。ましてやうちは母子家庭よ」
「娘より彼氏を選んだ……と思わせていても、ですか」
意地の悪い言い方だったか――と、言った後で悔やんだ。だが、李佳子は全く違う反応をした。
「私、あの子のことが怖いの」
言っている意味が解らない。李佳子の言葉をうまく咀嚼できなくて、多嶋は「は?」と間抜けな声で聞き返した。
「あの子、何考えているのか分からないもの。泣いたり怒ったり、あんまりしなくて」
多嶋の前で表情豊かな少女は、母親の前では自分を隠しているようだ。いや……とその考えを打ち消す。
(俺の前でこそ、演技をしているのか)
「喜ぶと思ったことをしても反応が薄いし。正直、何が不満なのかわからない」
「ただ、家で一緒に過ごせばいいんじゃないですか」
李佳子の美しい眉間に皺が寄せられる。
「あの子とこの狭い部屋に二人きりだなんて、息が詰まるわ」
それが本音? 母親なのに?
佳奈は自分が愛されていないと思っている。だから家に一人きりで残されたくないのだ。
「愛せないのですか。母親なのに」
残酷な言い分だ。母となっても産んだ子を無条件に愛せるとは限らない。そういう不幸な親子も多く見て来た。それなのに、問わずにはいられなかったのだ。
まるで酔いが醒めてしまったかのような目で見返された。
「いいえ。愛しているわ。だから怖いのよ」
李佳子はそう言って、多嶋の横をすり抜けた。すり抜けざまにもう一言加える。
「でも、だからと言って、多嶋さんが佳奈の父親になってくれるわけでもないでしょ」
つまり、「いくら首を突っ込んだところで、ただの偽善なのよ」――そう言われたような気がして、柄にもなく傷ついた。
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