終章 「再会」

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 あの事件の後、岡崎は警官を辞めた。白石警視の話では、辞めてすぐ見合い結婚をして、子どもを授かったらしい。  それを聞いた時、ほんの小さな、喉に留まった小骨のような引っかかりを覚えた。  ――「それはめでたいですね。幸せそうで良かった」  その小骨が何なのかまではたどり着けず、そのまま祝いの言葉だけを口にした。多嶋との関りを恐れていた彼女に、祝いの品を贈ることなどしなかった。だからその後のことは知らない。風の便りすら届いていない。  多嶋自身は、佳奈の『愛されたかった』という願い事に応えるかのように、恋人を作らず独身を貫いている。男とは言え、すでに結婚に相応しい年齢を過ぎた。早々と老けてしまった中年男に言い寄って来るような物好きもいない。ようやく心の整理がついた一昨年、思い切ってこの土地に戻ることを決心し、向陽台に中古の家を購入したのだ。  いずれ土方もいなくなる。河童塚の伝説は土方の死と共に途絶えるだろう。それを多嶋は見守ろうと思うのだ。せめて自分が生きている間は、『穢れ』が起こらないように。  それなのに、こんな忌々しい事件が起こってしまった。  憤りにも近い感情を腹の中に煮えたぎらせながら、河童塚の祠の前に立つ。祠の扉に願い事を書いた紙は挟み込まれていない。 (だが、すでに持ち去られたという可能性もある。あれは、人の目に触れた時、穢れを発動するのだから)  十二年前の事件後すぐ土方と相談し、祠には安易に近づかれないよう、四隅に細い柱を立て、それを軸に細い注連縄(しめなわ)を巡らせた。こんなもので、侵入者を防げると思えないが、無いよりはましだと考えた。大掛かりな柵や、矢竹を植える案もあったが、そもそもこの祠に近づくことも、誰かに近寄らせることも土方は嫌っている。何が『穢れ』の発動になるのか、わからないと言うのだ。  ――「うちは山下の婆さんちと違って、池に子供を沈めた家だからな」  それを言うなら、俺も同罪だ――と、多嶋は思った。  多嶋は李佳子の腹から胎児を取り出す手伝いをした。その胎児は佳奈と共に池に沈むところだった。  祠を見つめ、過去の事件に思いを馳せていた多嶋の背後に声が届いた。
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