序章 「恐怖は蘇る」

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「これです。実際は夜の二時半にライブで配信していたようです」  ――「どうもー キヨ君でーす」  自分にライトを当てて、顔を映す。それは若い男だった。 「本名は清川幹人(きよかわみきと)二十六歳。このチャンネルのほかにもゲームの実況配信をしていて、こういった動画の編集が本職のようです。小型の四駆が団地跡の前に停められていました」  隣に立った部下に「なんだこりゃ」と言わしめるほどの姿になってしまう前の彼は、思った以上にハンサムで好青年だった。 「この動画サイトでは、割合人気のあるチャンネルですが、いわゆる人気ユーチューバーほど視聴者が多いわけでもないそうです。ただ、これが演出なのか本当の出来事なのかは視聴者には判断できなかったのでしょう。それに」 「そうだな。この場所を知る者でなければ、ここだとは分からないだろうな」  こんな片田舎。何の特徴もない工業団地の近くにある古い住宅地の外れだ。  多嶋が眺めている間にも、次々と面白おかしいコメントが暗い画面の上を流れていく。動画を撮っている本人が死の恐怖に怯えている瞬間も、まるで他人事のように、しかし野次馬根性と興味本位の怖いもの見たさから、目を逸らさず安全圏内で言いたいことだけを垂れ流しているのだ。  多嶋は自分の右手を左手で握った。  震えていた。 「これ、何か動物にでも襲われたのでしょうかね。人間だとしたら、例えばブロックの角で殴るとか……でも一撃ではこんな風に」  監察が黙々と周辺の調査を進めている間も、篠原は口を閉じない。それほどガイシャの傷跡がショックだったのだろう。 「いい加減、黙って仕事をしろ」  多嶋にたしなめられ、ようやく彼が口を閉じた。  俺の声は震えていなかっただろうか。そんな心をごまかすように、多嶋は自分の人差し指の関節を噛んだ。  多嶋は怖くて仕方がなかった。  それでも何か手掛かりがないか、巡査からスマホを借りてもう一度、観返す。  最初に立ち寄った団地の踊り場までは、普通の配信だ。だが突然、声が消え、画像は対象物の定まらないまま、無言でふらふらと移動を始める。  廃墟となった団地の壁が映ったかと思うと、木のシルエットが流れ、街灯が映ったかと思うと、池の金網の破れた部分が現れ、ついに、祠が映し出された。その後、青年は池の中に入って行ったのか、水の中に入る足元が映されると、コメントが一層激しく流れて来たが、配信者に届いている様子はない。  ライトが照らし出す祠は、目の前の〈河童塚〉そのものだ。  そして暗転するように夜の空と木のシルエットが映し出された。
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