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「ここで、彼は倒れたんだな」
自分で足を滑らせたのか、誰かに襲われたのかはわからない。動画はひたすら黒い空だけを映していて、そのうち電池が切れたのか真っ暗闇になって終わっている。
その間も、画面の上は賑やかにコメントが流れ続けていた。だが、この中の誰も、撮影者を救うには至らなかったのだ。
「コメントで『子供の足が見えた』とか、『人がいた』とか流れています。私にはわかりませんが、警部補には何か見えましたか」
制服の巡査に尋ねられたが、答えられなかった。
だが多嶋には見えていた。ちらりとしか映っていないが、はっきり確認できた。
細い二本の足が……
あの子はまだこの池にいるんだろうか。
いや、そんなはずはない。あの子ではないはずだ。
「……あの」
ぼんやりとしてしまったのか、ふと交わった巡査の視線に不安が表れていた。
「あ、ああ、すまない。とりあえず、死因と傷の原因に繋がりそうなものを見つけてくれ。溺死が先か傷が先なのかで、捜査が全く変わるだろ」
多嶋よりも年嵩の監察官は立ち上がると、同情的な眼差しを向けた。
「多嶋さん、この春、またこちらに戻って来たんでしたっけ」
彼もあの事件を知る一人だった。
「一昨年、向陽台に中古の家を買ったんだよ。だから都合がいいと思ったんだがな……」
本当は、この地には戻って来たくなかった。だが、逃げることも許されないと思った。
――あれから十二年経っていた。
(ったく、馬鹿なことをしてくれたもんだ)
ブルーシートの下の仏さんに愚痴を言いたくなってしまった。
「思い出しちまったよ、あの事件を」
本当は一時も忘れたことなど無い。
「……はい」
多嶋の言葉に、彼も肯いた。
「寝た子は起こしちゃいけませんね」
監察官が深いため息を落とし、眉間の皺を深くした。多嶋と同様、彼もあの時の恐怖を思い出したに違いなかった。
あんな事件は二度と繰り返してはいけない。
なぜならば、人の手では決して止めることなどできないからだ。
多嶋は目の前の〈河童塚〉に向かって歩き出した。あることを確かめるために。
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