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 ――その事件が起こったのは、今から十二年も前のことである。  当時、三十を過ぎたばかりの多嶋は、並川署に赴任して二年目。生活安全部少年課の一係主任だった。  並川と言う町は、まわりを山と丘陵地に囲まれた小さな盆地で、昭和の頃は農業が主要産業という田舎だった。平成に入ってから東側の丘陵地に工業団地ができ、それに伴い、周辺の山も新興住宅地として開発の手が入ったことから、都市部のベッドタウンとして人口が増えたという街である。  確かに昔と比べれば人口は多くなったが、所詮は住宅街。そのほかの地域は未だ農地と山が面積の大半を占めている田舎には違いなく、殺人や強盗といった凶悪犯罪は多くない。人手不足の感は否めないが、それでも以前に勤務していた県庁所在地の署と比べると、ずいぶんのんびりしたものだった。  定時はとっくに過ぎているものの、宵のうちに帰宅できる有難さに感謝しながら、多嶋は席を立った。  ロビーですれ違ったのは上司である中村警部。 「おう、もう帰るのか」  身体を動かすたびにビール腹が揺れている。 「すみません。ちょっと、向陽台のスーパーが閉まる前に帰りたいんで」  不便なのは、だいたいどこの店も閉店時間が早いことだ。二十四時間営業、しかも年中無休という都会のディスカウントストアが懐かしい。コンビニ飯にもいい加減飽きてきた。 「仕事が速いのは良いことさ。で、あれか、ついでに例の小学生を拾うのか」 「あ、ええまあ。それも、できれば」  多嶋の目的は見透かされていたようだ。ばつの悪い思いで、頭を掻く。 「かまわないが。だが、あまり一個の家庭に深入りするなよ。面倒ごとに巻き込まれてから後悔しても遅いんだぞ」 「もちろんです。わかっています」  これ以上、詮索されてもたまらない。そう判断した多嶋は素直に返事をして、その場を立ち去った。
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