第十二話

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第十二話

 朝は規則正しく目覚める方だ。やることは山積みだし、布団でぐだぐだしている時間は無駄で好きじゃない。  バイト中も客が来ない暇な時間は苦手だが、ただ突っ立っているだけでも給料が発生するからまだましかとも思う。  品出しと検品を終え、掃除も済ませた昼下がりにガラス張りのドアから空を見上げた。夕方のピークまではまだ時間があり、客もいない。  (時間に余裕があると色んなことを考えてしまう)  有希との約束。そして八木のこと。  あんなやり方では嫌われるに決まっている。八木の古傷をえぐり、そして塩を塗り込ませ痛みを思い出させた。  有希の喪失感を再び味合わせてなんになる。  結局渾身の告白も振られ、それでも八木への思いが諦めきれずこうしてコンビニに足を向けてしまう。  ーー俺は有希を忘れたくないんだよ  八木の声が鮮明に蘇り、心を縛る。  八木と有希がどれだけ互いを思いあっていたかは知らない。でもその一言が雨上がりの青空のように澄み切っているのだけわかる。  (でもそれじゃ八木は止まったままだ)  有希を想っていても時間は戻せない。時間が止まった有希を置いて八木は歩きださなければならない。だって八木は生きているのだから。  後悔はした分だけ囚われてしまうものだ。  有希を失って後悔だらけの日々を過ごしていたが、有希の最期の願いを叶える役目もあった。  だからここまで頑張れたのに。もうどうすればいいのかわからない。  (だから暇な時間は嫌なんだ)  入店を知らせるベルが鳴り、反射的に顔を上げると制服にパーカーを羽織った八木が扉の前に立っていた。  「おはようございます。今日早いですね」  「……事務作業があるから」  「お疲れ様です」  いつもならここで「店長、今日も好きです」の一言でも付け加えるところだが、こてんぱんに振られた後だとさすがにキツイ。  八木は一瞬待ち構えたように立ち止まり不思議そうな顔をしている。  「どうしたんすか?」  「いや、なんでもない」  八木はボサボサの頭を掻きながらバックヤードに入っていった。  唇にはまだ八木の感触が残っている。  そろりと指で撫でるとなんて虚しいことをしてしまったんだと悔いた。  八木の身体に触れなければよかった。唇でさえ、こんなに気持ちをざわつかせる。いや、唇だったせいだろう。  言葉で想いを伝えられる唇は身体のどの部分よりも人と繋がっている神聖な場所だから容易に他人に触れさせていけなかったのだ。  悲しさで人は死ねるだろうか。  有希を失ったときとは違う喪失感に打ちのめされていた。
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