第十四話

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第十四話

 窓を叩く風の音で意識がふっと浮上する。顔を上げると机に突っ伏したまま眠ってしまったらしく、書きかけのレポートがくしゃくしゃの涎まみれになっていた。  空は明るくなり始めていて、慌ててスマートフォンの画面を開くとまだ朝の六時。コンビニのバイトまで時間は余裕にある。    「よかった。寝坊したかと思った」  安心したら気が抜けて欠伸を一つ漏らすと  真夏はすんと鼻を鳴らすと焦げ臭い匂いがする。 施設の周りは畑ばかりの田舎でよく野焼きをしていた。その匂いにどことなく似ている。  まだ働かない頭で窓の外を見たら隣から黒い煙が横切り、同時に「火事だ!」という大声に窓を開けた。  顔を右に向けると隣室から黒煙があがっている。  下には寝間着姿の人たちが集まっており、目が合うと「早く逃げろ!」と声をかけられた。  弾かれるように部屋に戻り、そのまま出ようとして足を止める。  今後の生活を考えたら必要最低限のものがないと生きていけない。頼れる人がいないからこそ自分でどうにかする必要がある。  通帳と印鑑、財布と保険証は元々トートバッグに入っている。そこに有希の写真とパソコンを無理やり詰める。  あと他に必要なものは、と部屋をぐるりと見回すと隣室との壁の隙間から煙が入ってきた。  吸い込むと息が苦しい。確か火事の煙は吸い込んではいけないと施設で習った。身を低くして口元を手で覆いながら玄関へと向かう。  扉を開けると隣から火が生き物のように吹き出している。唯一の階段は炎の熱で崩れかかり、古びた木造アパートは一瞬にして火の海となっていた。  (こっちからじゃ出られない)  再び部屋に戻り、窓を覗くとこちらは煙だけ だ。だが部屋は二階。下はコンクリートで飛び降りたところで怪我は免れない。病院に行くお金なんてないと一瞬怯んでしまう。  「伊澄! 降りてこい!!」  人だかりのなかに八木の姿があった。制服を着ているから仕事中に来てくれたのかもしれない。  「なんであんたがいるんだよ!」  「そんなのいいから、降りてこい!」  八木は切羽詰まった表情で叫んでいる。他の近所の人たちが布団や毛布を持ってきて、自分が飛び降りてきてもいいように広げてくれている。  早く飛び降りろと八木は再び叫ぶ。  もたついている間に隣からぱんと弾ける音がした。部屋にいるだけでも熱く煙が充満してきている。時間がない。  「絶対受け止めるから俺を信じろ!」  八木も毛布のはしを持って足元で構えてくれている。もうそれを信じるしかない。  意を決して飛び降りた。鞄を抱えて目を瞑ると柔らかい感触に包まれる。無事に布団の上に着地できたようだ。  「怪我はないか? 大丈夫か?」  八木は布団をかき分けて身体をくまなく触られた。八木のいまにでも死んでしまいそうな頼りない声になぜか涙が溢れる。  「怖かったよな。もう大丈夫だから」  遠慮するように抱き締められ、八木のシャツを掴んだ。
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