第十八話

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第十八話

 「ちょっと買い出しに」  「買い出しだけならそんな荷物いらねぇだろ」  間髪入れずに重ねられる言葉に反論をぐうと飲み込んだ。ここは正直に言った方がいいのだろう。  「伊賀良……友だちのところに行こうと思って」  「なんで?」  「これ以上八木に迷惑かけられないし」  「そいつになら迷惑かけていいわけ?」  「あいつは家族だから」  「家族ねぇ」  どこか莫迦にしたような言い方に腹が立ってきた。  「なんか文句あるわけ?」  「おまえは同じ釜の飯を食った奴とはもれなく家族認定するわけか」  「そうだよ。悪い?」  同じ施設で育ってきた伊賀良も幼少期一緒に過ごした有希もみんな血が繋がっていないが、大切な家族だ。  「じゃあ俺も家族じゃん」  「……八木と僕が家族?」  「そう、おまえの原理ならね」  「でも」と続けようとすると八木に抱き締められた。ふわりと香るのは煙草の匂いがしない。そういえばこの家に来てから八木は一度も煙草を吸っていなかった。  中毒性のある毒と長年吸ってきたはずなのにまるで有希への未練を断ち切ったように感じた。  「あいつのとこに行くな。俺のそばにいろ」  「それってどういう意味?」  胸が勝手に期待して膨らむ。おずおずと顔を上げて八木を覗き込むといつにない真剣な表情をしていて、背中がぞわりと震えた。  「好きだよ。真夏が好きだ」  「……同情なんでしょ?」  「違う! 洋服買ってやったのもこの家に呼んだのも全部俺がしてあげたいって思ったからだよ。同情とかそんなのない」  八木は小刻みに震え、声に悲痛さがこもっている。もしかして泣いているのだろうかと頬に触れると温かいものが湿った。  「……なんで泣いてるの?」  「おまえ、ずっとこんな気持ちだったんだな」  毎日好きだと言っても八木はのらりくらりと躱すだけで、応えてくれなかった。どんなに言葉にしても伝わらない想いは日々募っていくばかりで行く宛もなく彷徨い、煙草の煙ようには消えてくれない。  「有希は? 忘れられないくらい好きだったんじゃないの?」  「有希は大切だよ。でも真夏もすごく大切で比べられないくらい好き」  「なんだよそれ」  死んでもずっと想い続けていたくせに。  指に跡がつくくらい渡せなかった指輪をつけていたくせに。  涙が溢れた。それでも好きだと言ってくれた言葉には嘘がないと思える。  だって八木は泣いていたから。  「僕は八木を好きでいてもいいの?」  「こっちからお願いしたいくらいだ」  「好き……八木が大好き」  顎を掴まれてキスをした。触れただけの唇はすぐに離れてしまうので、名残惜しくてつま先立ちをして追いかけた。  足の裏がピリピリするほど背伸びをしてキスをしているとぬるりと舌が腔内に入ってくる。  驚いて飛び退こうとすると後頭部を押さえられ、さらに交わりを深くさせられる。  ただ舌を絡ませているだけなのに濃密な粘膜の接触に血が騒ぐ。  「あ~やばい。キスだけでイきそう」  「なんでそう雰囲気壊すこと言うかな」  あけすけな言葉に顔が熱くなる。確かに押しつけられている八木の下半身は反応していて、それは自分も同じだった。  「ベッド行く?」  「……うん」  荷物を捨てられ代わりに八木の手を繋いで寝室へ向かった。いつも寝る場所はいつもリビングのソファだったので、初めて足を踏み入れる。  ベッド一つだけの寝室は生々しさを感じられ、握る手に力が入った。
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