第二話

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第二話

 駅の人の多さが尋常ではない。たぶんここだけ で地元の街全員より多いのではないかという人 混みをかき分けながら真夏は思った。  金曜日の終電直後のせいか酔っぱらいのサラ リーマンが右でゲロゲロ、左でもゲロゲロ。前では シャッターの閉まった店の前で寝ている人までい る。  都 会は怖いと思いながらもようやく馴染んで きた帰路につく。  先月末に施設を出て都内に引っ越し、真夏 は夜学の大学に通いながらアルバイトを始め た。  規 則でガチガチに縛られていた施設とは違い、 自由気ままな一人暮らしはちょっと味気ない気もするがすぐに慣れるだろう。  夜道を歩いていると雨粒が鼻先に落 ちた。見上げるとバケツをひっくり返したような雨足になり、真夏 は小走りで商店街のアーチを潜る。  ゲロゲロ集団もいつのまにかいなくなり、睡眠 を決め込んでいた人も慌ててどこかへ走ってい く。  自 宅まで走ろうかと思ったが、大学のあとラ ストまで居酒屋でアルバイトをした身体 は酷く疲れていて、走る体力はない。  シャッター街の商店街を抜けると煌々と光る 店が見えた。そういえばコンビニがあったと思い 出し、これ幸いと逃げ込む。  ピロリーンと来店を知らせる電子音が鳴り、 どこからか「らっしゃいませー」とラーメン屋のお っさんのような声がした。  入口横にある傘を手に取って値段を 確認すると五百円近くして、購買意欲がしゅ るしゅる萎む。  傘一本が一日の食事代と同じ。信じられな い物価の高さに眩暈を起こしそうにな り傘を戻した。  (アパートまであと少しだし走って帰ろう)  くるりと背を向けると商品棚の隙間からふわ ふわした黒いものが目に入った。  真夏が目を凝らすとそれが髪だとわかり、通 路から人が出てきた。  三十代ぐらいの男でボサ ボサの髪とひょろりとした体躯。青と白のスト ライプ柄のエプロンを付けているから店員なのだ ろう。黒いふわふわは男の髪だったらしい。  真夏を認めると男は口を開いた。  「雨降ってんの?」  男の砕けた口調は友だちに話しかけるような 軽さでまさか自分に向けていないだろうと振り 返ったが誰もいない。  自分に言っているのだと気づき、慌てて返事 をした。  「結構降ってますよ」  「まじか。どれどれ」  男は自動ドアの外に出ると「うわ、やば」とボ ヤき、バックヤードへ行くと傘立てを抱えてドア の横に置いた。  「これでよし。お兄さん、傘買う?」  「あ、いや… … その」  高くて辞めようと思っていたが、外は雨で真 夏は傘を持っていない。  誰がどう見ても急な雨に傘を買い求めて来た 客だろう。  (でも五百円は高い)  ただでさえ金欠で学費も稼がねばならない身 としては痛い出費だ。それに家に帰れば施設か ら貰った傘があるから二本目は必要ない。  あれこれ考えている真夏を他所に男はふらふ らと店の奥へ戻って行った。棚の隙間から覗く と男は真夏に構わず商品棚を整理している。  タダで雨 宿りしに来たのかと顰蹙を買ってしまったのかもしれない。  さすがに気が引けるので真 夏は棚を物色しながら必要でかつ安いものを 探した。  文房具棚に消しゴムを見つけ、も うすぐなくなりそうだったことを思い出して、それを手に取ってレジへ向かう。  真夏がレジ着くと同時に男が来てレジを打っ てくれた。  「百八十円です」  男の名札をじっとみる「八木蒼佑」と言う文 字を見て、二度瞬きをした。  「ポイントカードある?」  八木の声に真夏は我に返り、慌てて財布を 出すと手から滑ってしまいじゃらんと音を立て て床に落ちた。小銭が四方八方に散らばり頭 が真っ白になる。  呆然と立ち尽くす真夏に八木は黙ってこち ら側に来て、小銭を拾ってくれた。  真夏も慌てて拾っていると熱いものが込みあ げてくる。  「小銭落としたくらいで泣くなよ」  八木の声は冷たいのに手を休めず小銭を拾っ てくれ、真夏の財布に入れてくれた。ほのかに 香る煙草の匂いに涙が余計に溢れてくる。  「ここから二百円貰っとくからな」  八木はレジに打ち込みお釣りも入れてくれて、 財布を受け取る。小銭はほとんど八木が拾っ てくれた。  「… … すいません。ありがとうございます」  「お兄さん情緒不安定的な感じ?」  「そういうわけではないんですけど」  涙は止まることを忘れたように真夏の頬を伝 っていく。えづき始めた真夏を面倒そうに見た 八木 はボサボサの頭を掻いて「こっち」とバックヤードに押し込まれた。  事務所は狭く、二人がけのテーブルとパソコン デスクだけなのに圧迫感がある。奥に扉がある からそちらが更衣室なのだろう。  デスク前の椅子にかけられていたバスタオルを ひょいと真夏の頭にかぶせ、乱暴に濡れた髪を 拭ってくれた。  「すいません… … てかくさっ!なんすかこのタ オル!」
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