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◇◆◆◇ 2人きりになって、喜助は何も言わなかった。 それに……いつもとなにも変わらなかった。 俺はその日以来、堂々と銀次郎さんと会うようになり、お陰で悶々とする事はなくなっていた。 それと、銀次郎さんとの事は周りにも知られるようになった。 別に、これ見よがしにイチャついてるわけじゃないが、銀次郎さんの座敷に通ってるから、どうしても見られてしまう。 勿論、梅さんも知っている。 料理の手伝いで野菜を切っていたら、梅さんが銀次郎さんとの事を話題にだし、首を傾げて喜助の事を言う。 「しかし、いくら考えてもわからないねー、どうして喜助さんは許してるのか……、普通は惚れた相手を独り占めしたいって思うものだ」 梅さんは喜助の心情が理解できないらしいが、俺もそこはわからない。 喜助は何故俺を助けるのか。 好きだからじゃないのか? 仮にただの『好き』だから……だとしたら、ここまで危険を犯すのはおかしいと思う。 ある時、この時も銀次郎さんに会いに行こうとしていたが、喜助は返事だけ返し、それ以上なにも言おうとしない。 徐に懐に手を突っ込むから、なにかと思って見ていると、春画の書かれた書を出して開く。 それからニヤリと笑って『俺はナニが勃たなくなったからな、これを見て回復させるわ』と、冗談とも本気ともつかない事を言う。 俺が『じゃあ、行ってきます』と言って立ち上がると、『おお』と一言返すが、俺の方を見ようとしない。 なんとも言えない、もどかしい気持ちになる。 喜助の気持ちがわからない。 俺は今日も銀次郎さんの座敷へ行った。 座敷には予め布団が敷かれている。 そばに寄り添って座ると、菖蒲にいた頃を思い出すような、そんな気分になったが、銀次郎さんは俺を買う客ではない。 「雪之丞、俺はお前を抱くたびに……気持ちを持っていかれる、喜助は訳を話さねーし、このままじゃ俺はお前を自分のモノにしたくなっちまう」 銀次郎さんは、最近こんな事をちょくちょく口にするようになった。 陰間だった俺に特別な情をかけてくれるなんて、とてもありがたい事だと思う。 「有り難い言葉です、俺のような人間にそんな事を言ってくれるなんて……、でも俺は一生陰間なんです、こんな風に不埒な人間だから……こんな事をあなたにお願いしたんです」 けれど、俺はその気持ちに応える事は出来ない。 「おう、そんな事ぁわかってる、俺だって博打打ちだ、人に自慢できたもんじゃねーよ、な、喜助は認めたんだ、いっそ俺んとこにきたらどうだ? そしたらいつでも抱いてやれる」 なのに、銀次郎さんは自分の所に来るように言う。 「すみません……」 でも……本当に申し訳ないが、それは無理だ。 「ちっ……、あいつ、こんなに惚れてるって言うのによ、雪之丞、俺が嫌いか?」 すると、銀次郎さんは俄に苛立ち、厳しい顔で聞いてくる。 「嫌だなんて、とんでもない……、あなたのお陰で凄く助かってます」 内心焦ったが、そう返すのが精一杯だった。 「このっ……、こっちへ来い」 「わっ」 乱暴に抱き寄せられ、銀次郎さんの懐に倒れ込んだ。 「お前は俺に抱かれて、馬鹿みてぇに感じてるじゃねーか、この体だ、体を見せろ」 着物の衿をガバッと大胆にはだかれ、上半身裸になった。 「あっ……」 「痩せた頼りねー体をしやがって……、こうしてやりゃ気持ちいいんだろ?」 銀次郎さんは腹立ち紛れに俺を押し倒し、胸板へ唇を触れさせてきた。 「あ、あの……謝ります」 こんな事を頼んだ……俺の責任だ。 「謝りゃ済むと思うなよ、俺はお前の事を……、クソっ」 銀次郎さんは益々苛立って胸の突起に噛み付いてきた。 「いっ……」 チクリとした痛みが走り、体が強ばった。 銀次郎さんがこんな乱暴に振る舞うのは初めてで、どうしたらいいか分からない。 「くっ……、ちくしょー」 おたおたしていると、銀次郎さんは悔しげな顔で言い放ち、雑に足を割って腰を入れてきた。 裾がめくれ上がって交わる体勢になったが、通常なら通和散を使う。 今は何も無しで、引き出したイチモツを俺の体にあてがってきた。 「お前がどれだけ感じてるか、今から証拠を見せてやる」 抗ったところで無駄だとわかっているが、俺は抗うつもりはない。 強引に入り込むイチモツに痛みをおぼえた。 「ううっ……!」 襞が内側にめくれ込んでいるが、銀次郎さんは無理矢理奥に押し入れる。 「んーっ、うっ!」 堪らず仰け反り、銀次郎さんの腕を掴んだ。 「雪之丞……、わかってる、喜助に惚れてるんだって……」 銀次郎さんは動きをとめて話しかけてきた。 「は、はい……」 痛みで息が乱れたが、答えなければ……そう思って頷いた。 「けど、喜助の奴が認めるからよ、だからこんな気持ちになっちまったんだ、あいつは腹が立つと言った、だったらやめろって言やあ良かったんだ、俺にお前の事を頼むだなんて……そんな事言うから……俺は……」 銀次郎さんは辛そうな表情で本音を口にする。 俺は欲求に負け、抱いてくれと頼んでしまったが、銀次郎さんに余計な負担を背負わせてしまったようだ。 「すみません……、これで最後にします、だから……どうか」 許してくれと言いかけたが、それはさすがに厚かましいように感じた。 「最後だと? 冗談言うな、俺の気が済むまで付き合え、多分……じきに冷める、多分な……多分……、だからよ、それまでこのままだ」 さっきまで怒っていた筈だが、急に気落ちしたように小声で言う。 もしかしたら、銀次郎さんは俺に腹を立てていたのではなく、今の状況をどうにも出来ぬ自分自身に腹を立てたのかもしれない。 ハッキリとはわからないが、俺は銀次郎さんに従う事で詫びの代わりにする。 「わかり……ました」 返事をすると、銀次郎さんは無言で動き出した。 「わりぃ……いきなり突っ込んだりして、痛かっただろ?」 2、3度突いてすまなそうに聞いてくる。 「ちょっとは……、でも……もう大丈夫です」 実はまだ少し痛かったが、そんな風に心配そうに聞かれたら、多少はマシになった気がした。 その後は……徐々に痛みが和らぎ、いつもと同じように快楽に呑まれていった。 ◇◆◇ それから数日経ったある日、賭場に来客があった。 俺は銀次郎さんと一緒に玄関の土間にいたが、人に姿を見られるのはマズい。 来客は戸口をドンドン叩いて『おい、誰かいるか、いるだろ、ここを開けろ』と喚いている。 俺は慌てて廊下に上がり、柱のかげに隠れた。 「誰か来たな、お前は顔を出すなよ」 博打は幕府が禁止している為、バレないようにする為に二重扉になっているのだが、銀次郎さんは俺に言うと、険しい顔をして戸口に向かった。 俺は身を隠し、こっそりと玄関を見ていた。 銀次郎さんが戸口を開けると、腰に十手を差した岡っ引きが入ってきた。 博打の事がバレたのかと思い、緊張してドキドキしながら聞き耳を立てた。 岡っ引きは中に上がろうとはしなかったので、博打の事で来たわけではなさそうだ。 俺はホッとしたが、いきなり『喜助はいるか?』と聞いてくる。 もう嫌な予感しかしなかったが、案の定、岡っ引きは『雪之丞という元陰間の事で話がある』と言い出した。 喜助が俺を連れ出した事は、バレる筈がないと思ったが、丹前はお上に訴え出たようだ。 俺が人攫いにでもあったと、そんな風に役人に言ったに違いない。 そして岡っ引きは菖蒲に行き、常連客を調べた……。 恐らくそうだと思う。 銀次郎さんは上手く誤魔化して話をしていたが、俺は気が気じゃなかった。 どうなる事かと、冷や汗をかきながら成り行きをうかがっていたが、やがて岡っ引きは『わかった、邪魔したな』と言って玄関を後にした。 銀次郎さんが俺の方へ歩いてきたので、すかさず聞いた。 「今の……、喜助さんが疑われてるんですよね?」 「ああ、坊主がお上に訴え出たようだな、攫われたとでも言ったんだろう、お前がいた茶屋を調べたらしい、ま、確かに間違っちゃいねぇんだがな」 やっぱり俺が思った通りだった。 「人攫いは重罪じゃ? もし喜助さんが捕まったりしたら……」 俺はまだ12だ。 子供に危害を加えたとなると、重い罪が科せられる。 人攫いは危害を加えたと見なされるだろう。 真実は全然違うのに……。 俺は寺の座敷牢に閉じ込められ、阿片まで使われて客をとらされた。 丹前の方が数倍罪が重いと思ったが、僧侶と博徒、お上がどちらを信じるかは、小さな子供ですらわかるだろう。 以前から抱いていた不安が、とうとう現実となってしまった。 「お前さえ隠れてりゃわからねーよ、ただな、賭場がお上にバレたらマズい、ここにいたら……岡っ引きもだが、下手すりゃ同心もやって来る、宿を変えた方がいいだろうな」 銀次郎さんは宿を変えるように言う。 確かに、俺がこれ以上ここに居たら、喜助はお上にしょっぴかれる可能性があるし、博打がバレたりしたら博徒の皆もただでは済まなくなる。 それに、もし喜助が捕まったりしたら、遠島や死罪を申し付けられるかもしれない。 俺は宿を変えるのはいい案だとは思ったが、それだと再び見つかる可能性がある。 どうするのが一番いいか、自分なりに考えてみた。 要は……丹前がお上に訴え出たからこうなったわけだ。 寺へ戻ったら、また丹前の慰みものになるのは目に見えているが、俺が寺に戻りさえすれば……丹前も訴えを取り消すだろう。 「俺、寺に戻ります、勿論、喜助さんの事や賭場の事は一切言いません」 「ちょっと待て、寺へ戻ったらお前は再び坊主共にオモチャにされる、それによ、寺から抜け出した事はどう説明するんだ? 格子を外すのは内側からじゃ無理だぞ」 そう言われたら困るが、適当にはぐらかすしかない。 「それは……偶然泥棒がやって来て格子窓を開けたとでも言って、その機会に逃げ出したと言います」 「お前を酷い目にあわせた糞坊主だぜ、そんな言い訳をあっさり信用するか? 坊主共はお前を折檻して吐かせようとするかもしれねーぞ」 「折檻……ですか」 銀次郎さんの言う通り、丹前なら有り得る。 その際に阿片を使われたりしたら、意識がおかしくなって真実をバラしてしまうかもしれない。 「ああ、お前、そうでなくても色々とやられてきたんじゃねーのか? でなきゃわざわざ座敷牢に入れたりしねぇだろ」 銀次郎さんは相変わらず勘がいい。 「その……、はい」 門司だけは優しかったが、後は皆俺を捌け口にしていた。 だから、俺が戻れば解決すると思ったのだが、そう簡単にはいきそうにない。 「なにをされた? 縛られたり、吊るされたりしたか? あれだ、張り型なんかもやられたんじゃねーのか?」 銀次郎さんは更に詳しく聞いてきた。 「はい、それもありますが、阿片も使われました」 銀次郎さんは信頼出来る人間だ。 阿片の事もバラした。 「阿片だと? そんなもんまで使うのか、ありゃヤバい薬だ、医者以外手に入らねー筈だが、生臭坊主共が……」 「俺が寺に戻れば……ひとまず喜助さんは疑われずに済む、ただ、もし阿片を使われたら……、あの薬を使われると、狂ってしまいます、もしかしたら話してしまうかもしれません、それを考えたら……」 俺はどうしていいかわからなくなった。 「だな、阿片を使われたら、喋っちまうかもしれねーな、うーん……、参ったな、やっぱり宿を変えるのが一番いいが、どこへ移るかは……喜助と相談した方がいい、喜助が戻るまで待とう、奴がお前を連れてきたんだ、奴に判断させるしかねー」 銀次郎さんが言うように、俺も喜助が戻るのを待って話をした方がいいと思った。 「はい、そうします」 銀次郎さんと俺は喜助が戻るのをひたすら待ったが、喜助はなかなか戻らず、日が暮れてようやく戻ってきた。 銀次郎さんは自分の座敷で話そうと言い、俺達は3人で銀次郎さんの座敷に行った。 3人揃って腰を下ろしたら、まず岡っ引きが来た事を銀次郎さんが話した。 「丹前の奴、お上に訴え出たか」 喜助は特に驚く様子は見せなかったので、こうなる事を予め予測していたんだろう。 「おお、しかしよー、奴は阿片を使ってる、闇で手に入れてるんだろうが、バレたらただじゃすまねーな、寺は廃寺、丹前の家はお取り潰しだ」 銀次郎さんは丹前が身を滅ぼす羽目になると言ったが、今のこの状況じゃ、丹前を追い込む事は難しい。 「まあー、俺らは阿片に手を出しちゃいねぇが、博打もおんなじようなもんだ、これ以上調べられたら、こっちの方が危なくなる、奴らは腐っても坊主だからな、立場上俺らの方が圧倒的に不利だ」 喜助はその事をよくわかっているようだ。 「そうだな、で、俺は宿を変えた方がいいと思うんだが……、な、喜助、どうするよ」 銀次郎さんは眉間に皺を寄せ、深刻な表情で喜助に問いかける。 「ああ、ここにいたらまた岡っ引きが来るだろう、菖蒲で雪之丞目当てに来ていた奴は沢山いたが、なにせこっちは渡世人だからな、真っ先に疑われて当然だ」 喜助が言うように岡っ引きはまた来るに違いなく、やはり今出来る事は、宿を変える事しかないだろう。
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