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◇◆◆◇ ここでの暮らしも、もう1ヶ月が過ぎた。 松原さんとは問題なく仲良くやっている。 この日は山下さんと加藤さんも参加して、映画鑑賞をした。 シアターの部屋で観る映画は、ゲイが主人公の洋画だ。 俺は松原さんと隣同士、車椅子をくっつけてスクリーンを見ていた。 すると、電話がかかってきた。 「すみません……」 松原さんにひとこと断って電話に出た。 『はい』 『操?』 お袋だ。 『ああ、なに?』 今頃になってグダグダ言われるのはゴメンだ。 『あなた、石丸組の人がうちに来たわよ』 『えっ!』 まさか……2人が家に? 俺の居場所を突き止める為か? なにしてくれてんだよ、ヤバいじゃないか……。 『まったくー、母さんびっくりしたわよ、ピンポンが鳴って、セールスかと思って出たら……怖い人が2人も立ってるじゃない、一瞬押し売り? って思ったけど、今どきこんないかにもな格好をした押し売りはいないだろうって思ったの、そしたら片方の人が……突然の訪問、失礼しますって言って、頭を下げたの、母さん、アレ? って思ったわよ』 『あ、ああ……、それで?』 『見た目と違ってやけに低姿勢じゃない? で、少し安心したの、でね、その人じゃないもうひとりの人が……俺達は操君と縁がありまして、お聞きしたい事があってきましたって言うの』 どっちが言ったんだ? 小川さんか? 『あの、縁がって言った方が怖い顔してた?』 『あっ、そうねー、ええ、ちょっと人相悪かったわね』 『そっか……』 それだけじゃよくわかんねぇ。 『ああ、でね、組の名前と自分達の名前を名乗ったわ、石丸組の小川さんに杉本さん』 『そうなんだ』 既に係長にバラされてるし、今更ジタバタしてもしょうがない。 『それでね、あんたがどこにいるか教えて欲しいって言うのよ』 『ああ……うん……、で?』 頼むから……バラしてない事を願う。 『でもね、母さん、嫌だったの、そりゃあね、その2人は丁寧に話をしたけど、母さんは……あんたがヤクザと付き合うのはちょっとね、だから……悪いけど、それは言えませんって、勇気を出して言ったわ』 お袋……ナイス! 『うん、それでいい、ありがとう』 俺はお袋がヤクザと付き合う事に反対してるから、その事にムカついていたが、それがかえってプラスになった。 『え、いいの?』 『うん、あのさ、また来たらそれで通して』 『えー、いいけど……怒らないかしら?』 『大丈夫、あの二人は怒らないよ』 『そう? それじゃあ、まぁー、わかったわ』 『それじゃ、またなにかあったら電話して』 『わかったわ、それよりあんたはどうなの? 体調管理出来てる?』 『大丈夫、ここは全て揃ってるよ』 『それならいいけど、じゃ、松原さんに宜しく言っておいてね、また電話するわ』 『うん、じゃ』 安心して電話を切った。 「操、誰からだ?」 すると、松原さんが聞いてきた。 「あ……、お袋です」 「ああ、お母さんか、心配して電話してきたのかな?」 「はい、あのー、松原さんによろしく言っておいてくれって」 お袋は俺がゲイになってる事を知らない。 本当に、単なるお金持ちのお世話係兼執事だと思っている。 カミングアウトするかどうかは、今のところ考えてないが、俺の場合……この体になった時点で結婚や孫など、そういう期待はなくなってると思う。 そう思えば、カミングアウトしても大丈夫じゃないか? って気がするが、敢えてお袋にバラす必要性を感じない。 「ああ、そうか……、私は君のお母さんに嘘をついてるから、申し訳なく思うよ」 松原さんは申し訳なさそうに言う。 「いえ、いいんですよ、俺は会社で仕事をするよりも、ずっと楽をさせて貰ってるし」 仕事をせずにただ話し相手になったり、軽い接触のみで豪勢な食事を食わせて貰える。 遊んでるようなものだから、俺にとっては贅沢な暮らしだ。 「それなら安心だが、悪いね」 「いえ」 「あの旦那様、失礼します、トイレは大丈夫ですか?」 後ろから、山下さんが遠慮がちに聞いてきた。 「ああ、そうだな、じゃあ、連れてって貰おうか、操は大丈夫か?」 「あ、はい」 「そうか、じゃ、ちょっと外すよ」 「はい」 松原さんは山下さんに車椅子を押して貰い、シアタールームを出て行った。 加藤さんと2人きりになってしまったが、この人はあまり喋らないからちょい苦手だ。 なのに、よりによって……スクリーンにキスシーンがドアップになった。 ゲイ物だから、当然男同士だ。 加藤さんは斜め後ろに椅子を置いて座っているが、めちゃくちゃ気まずい。 「あのー」 低い声が聞こえ、ビクッとなった。 「は、はい……」 「あなたは旦那様のパートナーになるんですか?」 なにかと思えば、いきなり突っ込んだ事を聞いてくる。 「あ、いえ……、パートナーはちょっと……、友達として御付き合いしたいなーって思ってます」 隠す必要はないので素直に話したが、何故そんな事を聞くのか疑問に思った。 「友達……ですか」 加藤さんは何となく凹んでいる。 「俺には付き合ってる相手がいます」 俺は彼氏がいる事を明かした。 「あっ……、そうなんですか?」 加藤さんは身を乗り出して聞いてきたが、心なしか、表情が明るくなった。 んん? これはひょっとして……加藤さんは松原さんに惚れてるんじゃ? なんとなくそんな気がしたが、ナイーブな事だし……突拍子もなくそんな事を聞けるわけがない。 「彼氏は怒らないんですか?」 「大丈夫です」 「あのでも……、旦那様と一緒に寝てますが、いいんですか?」 「ああ、それは……ほんとはよくないかもしれないけど、でも松原さんも俺もこの体だし、軽く触れあうだけで、それ以上は何もないから……その程度ならOKだと思う」 話しにくい事だけど、軽い接触なのは事実だし、その位なら明かしても構わないだろう。 「あ、そうですよね……、そっか、わかりました」 加藤さんは安心したように頷いた。 そうするうちに松原さんが戻ってきた。 「ああ、すまないね……」 松原さんは俺に声をかけ、山下さんが車椅子を俺の横に並べて止めた。 再び4人で映画鑑賞をしたが、俺は加藤さんの事が気になって仕方がなかった。 多分、惚れてるのは間違いない。 だけど、松原さんはそれに気づいてないと思う。 俺は松原さんのパートナーにはなれないが、加藤さんならなれるんじゃないか? それとなく様子見してみようと思った。 ◇◇◇ ひと月半が経過した。 俺は機会をうかがって、さりげなく松原さんに加藤さんの事を聞いてみたが、松原さんは加藤さんを使用人として見ているだけだ。 それでも、松原さんが加藤さんを呼ぶと、加藤さんはいつも嬉しそうに笑顔を見せる。 これはもう完璧に俺の勘は当たってると思ったが、松原さんは加藤さんの気持ちに全然気づかない。 はたから見ていると焦れったく感じるが、俺が口出しする事じゃないし、ジレジレしながら見守るだけだ。 それよりも、俺は小川さんと杉本さん、2人からの電話攻撃をひたすら躱さなきゃならず、そっちに苦労していた。 約束の2ヶ月も残り半月を切ったし、なんとか誤魔化して乗り切りたいと思っていたら、今朝からぷっつりと電話がこなくなった。 まぁ2人だって忙しい時もあるだろう。 今日は松原さんが病院へ行く日だ。 運転は山下さん、松原さんは車椅子ごと積める福祉車両を持っているので、午前中に出かけて行った。 俺はまた加藤さんと2人きりになり、リビングでぼんやりとしていた。 この屋敷には山ほど部屋が余っているが、松原さんの要望で俺は常に松原さんと共に行動をしている。 だから、俺は部屋を借りてない。 加藤さんは隅の方にずーっと立っている。 松原さんがいなくても、あくまでも使用人として振る舞う。 「小谷さん」 静まり返った部屋に、不意に加藤さんの声が響いた。 「はい」 なんだろう? また松原さんの事かな。 そう思いながら返事を返した。 「もうじき昼になるので、いかが致しましょう? ここでお食べになりますか?」 なんだ……食事の事か。 「ええ、はい、すみません」 軽く頭を下げて返事をしたら、加藤さんは『承知いたしました』と返してまた押し黙った。 俺は窓際に車椅子をつけて外を眺めている。 庭は呆れるほど広いが、飾り立ててるわけじゃなく、学校のグランドのような固めた土が広がるだけだ。 いくら金持ちでも、体が不自由になってしまったし、庭を綺麗にしてまったりと眺める気持ちにはなれないんだろう。 どこからか、カラスの鳴き声が聞こえてくる。 あと少しで俺の役目は終わり、2ヶ月ぶりに2人と再会できるが、俺があんな事を言ったばかりに、杉本さんは気を悪くしたんじゃないだろうか。 どう話を進めるか、頭が痛くなってきた。 高い塀がぐるりと敷地を囲っているが、脇からなにか動く物がやってきた。 よく見たら、野良猫が塀の下をうろついている。 猫は自由でいいな。 羨ましくなって目で追いかけていると、猫は門の前に行き、ふと門の前に車が止まるのが見えた。 「ん?」 見覚えがあったのでまさか……と思って凝視したら、案の定、小川さんと杉本さんの2人が車から降りてきた。 「わっ……、やべっ、どうしよう」 2人してデカい門を開けにかかったが、俺はパニクって車椅子をバックさせた。 「小谷さん、どうしたんです? なにかありましたか?」 「あ、あの……」 落ち着け……とにかく落ち着けと、自分に言い聞かせた。 今、松原さんはいない。 いないけど、一応加藤さんに口止めしといた方がよさそうだ。 「加藤さん、今、門から男が2人入ってきましたが、あれは俺の彼氏です、だから……驚かないでください、それから金本さんの話は絶対に出さないでください、もし聞かれても知らぬ存ぜぬで通してください、お願いします!」 2人は車を門の外に置いてこっちに歩いてくる。 俺は早口でまくしたてるように加藤さんに頼んだ。 「え、彼氏? 小谷さんの……、あっ、ほんとだ、入ってきましたね、あの、今の話はわかりました、じゃあ、お出迎えしますね」 加藤さんは窓から外を見て確認すると、慌てた様子で部屋を出て行った。 2人がここに来たのは、多分……お袋が話してしまったんだろう。 お袋はあれから何度か電話してきて、『石丸組の2人がまたやってきて、母さんに頭を下げて頼み込むのよ、手土産まで渡されて……、母さん、困ってしまうわ』と、辟易したように話していた。 だからそれは仕方がないとしても、俺はここに来た理由をざっくりとしか話してない。 焦りまくって考えたが、やっぱりざっくりとした理由しか頭に浮かんでこなかった。 「こちらです」 そうするうちに、加藤さんが2人を部屋に案内してきた。 「操……」 小川さんは俺を見て固まった。 「春樹さん……」 目が合ったら、俺もつい固まっていた。 会いたくて堪らなかった。 胸に熱い物が込み上げてきた。 「コラァ~っ! なに見つめあって固まってんだよ、操、ったく、やっと会えたぜ」 杉本さんが大声で喚き、つかつかと歩いて傍にやってきた。 「お袋さんから聞いた、俺らが誠心誠意尽くしたからよ、お袋さんに気持ちが通じたんだ、へへー」 俺の肩を抱いて笑顔で言ったが、小川さんもこっちに歩いてくる。 「元気そうでよかった、心配したぜ」 車椅子の近くで足を止めると、杉本さんと同じように笑顔を浮かべて言ってくる。 「心配かけて……すみません」 小川さんに頭を下げて詫びた。 「しっかしよ、ほんとに金持ちだな」 杉本さんは部屋の中を見回して言ったが、入口を入ってすぐのところで、加藤さんが茫然と突っ立って見ている。 「あの加藤さん……、突然やってきてすみません」 俺は加藤さんに向かって謝ったが、ただでさえ見た目がマズいのに、これ以上不審に思われちゃヤバい。 「あ、いえ……、あのー、お茶をいれます」 加藤さんはビビってるように見えたが、2人が俺に親しげに話しかけるのを見て、ハッとしたような顔をして厨房へ向かった。 「いや、茶はいい、あんたに聞きてぇ事がある、さっき俺らを出迎えた時に旦那様は留守だって言ったが、ここの旦那はどんな奴だ、いい奴か?」 杉本さんは茶を断り、松原さんの事をストレートに聞く。 「旦那様は優しい方です」 加藤さんは迷わずに答えた。 「そりゃ、使用人だから遠慮してんじゃねーよな?」 杉本さんは確かめるようにもう一度聞いた。 「決してそんな事はありません、俺は旦那様を心からお慕いしています」 加藤さんは真面目な顔でキッパリと言い切った。 「ふーん、そうか、使用人にそこまで慕われてるって事は……いい奴なんだろうな、わかったよ」 杉本さんはひとまず納得したようだ。 「操、ここに来たのは知り合いが云々つってたが、そりゃほんとか?」 すると、小川さんが嫌な事を聞いてきた。 「そうです、知り合いの知り合いの知り合いにたまたま紹介されて」 知り合いの知り合いの知り合いなら、調べられる事はないだろうが、内心ヒヤヒヤしながら言った。 「そうか、ならいいが、じかに会って確かめなきゃ気がすまなくてな、けどよ、会社に電話して聞いたらお前に迷惑がかかるだろ、で、お袋さんに聞いてここに来たんだ」 小川さんはすんなり信じてくれたが、そんなに心配してくれてるのに、嘘をついて申し訳ない。 「ほんとに……すみません」 「まぁーよかったじゃねーか、で、ここにいるのはあとどのくらいだ?」 もう一度詫びたら、杉本さんが期限を聞いてきた。 「っと……2週間をきってます、なのであとちょっとになりますね」 「そうか、なあ操、俺と別れて小川と付き合いてぇって言ったが、ありゃマジか?」 杉本さんはいきなりその話を出してきたが、小川さんにはまだ話してないし、俺は冷や汗ものだった。 「あ……、それはまた今度話します」 加藤さんもいるし、気になってチラ見したら、怪訝な顔をして俺達を見ている。 「なんだぁ~、別にいいじゃねーか、な、小川、お前はどうなんだよ」 なのに、杉本さんは小川さんに話を振った。 「俺は……、はっきり言って、2人で付き合いてぇ」 どうやら……杉本さんが小川さんに話したらしい。 だったら気にする事はないが、小川さんも2人で付き合いたいと言った。 俺は嬉しかったが、杉本さんは不満げな顔をする。 「小川~っ! この野郎、また抜け駆けする気か」 杉本さんは小川さんを責めた。 「あぁ"? 抜け駆けはお前の方だろうが」 小川さんは即言い返したが、確かにそう言われたらそうだ。 「うるせぇ、ありゃ成り行きだ、お前がムショに入っちまったんで、俺が慣らしてやったんだ、感謝しろ」 杉本さんは偉そうに言ったが、ちょっと待って欲しい。 加藤さんもいるのに、こんな場所でそんな事を話されるのは困る。 「はあ? ふざけた事を抜かすな、誰が慣らしてくれって頼んだ、俺はひとことも頼んでねぇぞ」 なのに、小川さんは杉本さんを睨みつけて言った。 「あの、ちょっと待ってください、今その話はやめてください、ここはよそのお宅です」 頼むから、ここで揉めるのはやめて欲しい。 「おう、そうだな、わかった、杉本、今はやめだ、操が無事なのを見ただけでよしとしようぜ」 小川さんはわかってくれたようだ。 「ちっ……、わーったよ、じゃ、操がここを出た後に話し合いだ、小川、今日はこれで帰ろう、主は留守らしいが、帰って来て俺らがいたらマズいだろ」 杉本さんもわかってくれたらしく、早々に引き上げると言ってくれた。 「ああ、な、操……、なにかあったら電話をよこせよ」 小川さんは念を押すように俺に言ってきた。 「はい」 やっと会えたのになんだか残念だが、今は我慢するしかない。 「おめぇだけずりぃぞ、操、俺もだからな」 その時、杉本さんが負けじと言ったので、ついクスッとなった。 「はい……、わかりました」 「んじゃ、使用人の兄ちゃん、邪魔したな」 杉本さんが加藤さんに声をかけると、2人はドアに向かって歩き出した。 「あ、はい、あの、お見送りします」 加藤さんは慌てた様子で2人に声をかけた。 「いや、見送りはいらねぇ、操、また電話する」 小川さんが背中を向けたまま片手を上げて言うと、2人は揃って部屋を出て行った。 俺は2人の後を追いかけたかったが、あと少しの我慢だ。 家に戻れば自由に会える。 動かしかけた車椅子を止めていた。 「あのー、こんな事言ったらあれですが、彼氏さん達は……ヤクザかなにかですか?」 加藤さんと2人きりに戻り、部屋は静まり返っていたが、不意に聞かれてドキッとした。 「えっ……」 小川さんも杉本さんもパッと見その筋に見えるから、加藤さんがそう思うのも当然だ。 「あ、その~」 俺は組の名前を出したくなかったので、それから後、適当に誤魔化すのに苦労した。
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