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◇◆◆◇ 小川さんと杉本さん、3人での付き合いは続いた。 杉本さんとは仕事帰りに会う事もあったが、順調に思えた付き合いに、翳りが見え隠れし始める。 というのも、杉本さんの積極的な性格が、鼻につくようになってしまったのだ。 小川さんに対して対抗意識があるのかもしれないが、色んな事をやたらと俺に要求してくるようになった。 フェラや飲精まで、俺はできるだけ応えようとしたが、小川さんはそれとは真逆に細かなところを気遣ってくれる。 比べちゃ駄目だとわかってるが、あれをしてくれ、これをしてくれと我儘を言われると、ついイライラしてしまう。 正直、杉本さんと会うのが辛くなってきた。 やっぱり、3人なんて無理だ。 夜に自宅のリビングでくつろぎながら、そんな事を考えていると、お袋がやって来ていきなり2人の事を口にした。 「操、ヤクザと付き合ってるって聞いたけど、どういう事なの?」 「どういうって……」 係長がお袋にチクったに違いないが、あれから1ヶ月は経つし、もう終わった事だと思っていた。 「係長が心配して、わざわざ電話してきたのよ」 「ふーん、そっか……」 お袋にバラして、そうまでして付き合いをやめさせたいとか、はた迷惑にも程がある。 「ちょっとー、あんた、そのヤクザと個人的に付き合ってるの?」 でもバレたのなら、別に構わない。 「ああ、友達」 俺は彼らと付き合って食い物にされてるわけじゃないし、違法な事なんかしてないんだから。 「友達って、そんな人と仲良くするのはやめなさい」 「なんで? ヤクザだから?」 「当たり前でしょ」 「なにもしないよ、普通の人とおんなじ」 「なにもしないって……、だからいいわけないじゃない、そんな人と付き合ってたら、ろくな目に合わないわよ」 「へえ、そうやって差別するんだ」 「差別じゃない、元々悪い事をしてる人達でしょ」 「俺には普通だよ」 お袋は頭ごなしに、ヤクザは悪い人達だと決めつけている。 少しの間、ああだこうだと言い合いが続いたが、埒が明かないので、俺はリビングから退散した。 小川さんはあれから会社には来てないのに、今頃になってグダグダ言われるのは迷惑だ。 係長、うざい。 この日は、飯を食って風呂に入って、早めに寝た。 ◇◇◇ そんな事があってまた数日が過ぎていったが、この日は2人とは約束してない。 仕事が終わっていつものように帰途についた。 ところが、通い慣れた車通りの少ない道で、突然車を挟み撃ちにされた。 何か嫌な予感がしたが、停車するしかない。 おたおたしていると、車から引きずり下ろされた。 鍵をかけ忘れていた事を悔やんだが、後の祭りだ。 俺は動けないから、抱えられて挟み撃ちにした片方の車に連れて行かれ、後部座席に押し込まれてしまった。 何故こんな目にあわなきゃいけないのか、わけが分からず狼狽えていたら、隣に乗ってきたのは……あの時の当たり屋の男だ。 「兄ちゃん、久しぶりだな」 「なんなんですか?」 あれからものすごーく経つが、今頃になって報復? 「あんたがさっさと金を出さねーから、俺は痛い目にあった」 「そんな……」 身勝手な事を言われても困る。 というか、こんな真似をしても、すぐにバレるに決まっている。 「あの、車を放置してたら、警察に通報されますよ」 「ああ、あれなら動かせる奴がいる、心配すんな」 「えっ……」 あの車は手だけで操作するやつだし、操り方を知ってる人は限られる。 「ふっ、介護関係をやってた奴がいるんだ、ああいう仕事は常に人手不足だからな、ただな、雑用ばっかしできたねぇ仕事ばっかやらされる、で、給料も安いときたら、皆辞めちまうわ」 どうやら車を動かせる奴がいるようだが、車は挟み撃ちにしてきた2台のうち1台が後ろを走っている。 俺の車をどこに置くつもりなのか知らないが、俺は振り向く事すらできないので、車がどうなったのか見る事ができない。 この車には運転手とこの男しか乗っておらず、俺を運んだ奴ら2人はもう1台の車に乗っているが、俺の車を動かすとしたらひとりは俺の車に乗ってる筈だ。 こいつとこいつの仲間が3人、計4人が仲間って事らしい。 「あんたは下半身が不自由だが、頭はまともだからまだマシだ、ボケ老人とか、猿以下だぜ」 当たり屋は呑気に愚痴めいた事を話したが、これって拉致ってるわけだし、一体何が目的なのか……。 「あの……、俺をどうするつもりですか? 俺、こんな体なんで、長時間監禁されると困るんです」 拉致監禁なんかされたら、まず排泄が困るし、ただでさえこの体だ。 暴行を受けても立ち向かう事はできず、あっという間に壊れる。 「ああ、あのな、あんたにはある人の相手をして貰う、実はな、あるクラブに常連客がいるんだが、結構な資産家でな、豪邸に住んでる、そいつはゲイだ、今70過ぎだが、年取って病気で下半身不随になった、で、同じようなパートナーを探してるってわけだ」 ところが、当たり屋はびっくりすような事を言い出した。 「えっ……パートナー?」 「ああ、で、あんたを思い出したんだ、同じ境遇なら分かり合えるだろ?」 これはちょっと……なんなんだ? いや……、拉致監禁とか痛めつけられるよりはマシだが、そんな事を押し付けられても……それはそれで困る。 「いや、俺は実家住まいで、黙っていなくなると両親が心配するし、会社だって無断欠勤するわけにはいきません」 「連絡しろ、あんたにゃ無償で尽くして貰うが、衣食住、不自由するこたぁねー、屋敷もバリアフリー、それ用にあちこち手すりもついてる、おお、車椅子はあとで車からおろしてやるわ」 俺がおたおたしてる間に、ちゃっかりと車椅子を積んでいたようだ。 「連絡って……、親が心配するし、帰って来いっていいます」 「あんた、いくつだ?」 「34になります」 「そんな年で、まだ親の言いなりか?」 「そんな事は……」 「だったらよ、金持ちの屋敷で執事として働く事になったとでも言え」 「えぇ……」 男はむちゃくちゃな事を言う。 「転職だ、今流行りだからな」 転職するにしても俺は障害者枠だし、親に相談無しで突然転職できるわけがない。 この男……考える事が安直すぎて、目眩がしてきた。 「もしお断りしたら……どうするんです?」 コンクリ詰めで海にドボンか? 「あんたさ、どのみち動けねーじゃん、逃げらんねーよ」 「あ……、それはまぁ……」 悔しいが、その通りだ。 「俺らは痛めつけたりしねぇ、ただ働いてくれりゃいいだけだ、パートナーとして振る舞やいい、期間は2ヶ月、お試し期間だ、向こうが気にいりゃ、そっから先はあんたが決めな、俺らは金をたんまり貰えるからな、あんたは金の卵を産む鶏だ、ボコしたところで一銭にもならねぇばかりか、懲役食らって臭い飯を食う羽目になるわ」 「お試し期間って……、その人ゲイですよね?」 このチンピラは、頭がいいのか悪いのかよくわからないが、俺の性的指向をまるっきり無視して言ってくる。 「おお、だから難しいんだよ、女は金をばらまきゃいくらでも集まるが、本人はゲイなのを内緒にしてる、で、おおっぴらにはできねー、売り専なら買えるが、あんなのは風俗嬢とおんなじだ、ご不満なんだとよ、で、普通の人間で相手を探してるってわけさ、あんたはノーマルだろうが、向こうにあわせろ、おんなじ境遇なんだ、通じ合うものがあるだろ」 「あわせるって……」 こいつらの目的は金だ。 俺を金持ちの爺さんのパートナーとして働かせ、その報酬を貰う。 兎に角事情はわかったが、互いに下半身不随だからって、それだけで仲良くなれるわけがないし、ましてや相手は70過ぎ……。 金本は俺をノンケだと思ってそんな仕事を押し付けてくるんだから、頭がイカレてる。 「おう、一応名前を言っとくか、連絡するかもしれねーからな、俺は金本だ、その相手っつーのは松原茂樹って名だ」 「あ……」 もう唖然とするしかなかった。 俺には為す術がないんだから……。 金本に、そのお屋敷とやらに連れて行かれる羽目になった。
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