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◇◆◆◇ 郊外の一軒家に着いた。 洋館風、敷地も広く、いかにも金持ちって雰囲気のデカい屋敷だ。 金本達は車を敷地内に止めると、車椅子を先に車からおろした。 俺は車椅子に乗り換えさせられ、金本に押されて屋敷内に入った。 ドアを開けて中に入ると、正面中央に幅の広い階段があり、深紅の絨毯が敷いてある。 天井にはシャンデリア、まるで映画のロケセットみたいだ。 肝心の依頼者は? と思って辺りを見回していると、左側の廊下から車椅子がやってきた。 白髪の老紳士、あれが松原さんだろう。 松原さんは俺達のそばにやってきた。 「待っていたよ」 落ち着いた声色で金本に声をかける。 「はい、お話した通り、連れて参りました、名前は……、おい、自分で言え」 金本は自分は名を名乗ったが、俺の名前を聞いてないし、言葉に詰まって慌てて言ってきた。 「小谷操です」 俺は松原さんに向かって言った。 「操君か、話は金本君から聞いてるよな?」 松原さんは聞いてきたが……。 「は、はい……」 この人は俺が承諾してやってきたと思っているようだ。 今ここで俺が騒げば、俺は家に帰る事ができるかもしれない。 「そうか、ならいい、いやー期待以上だ、こんな青年が来てくれるなんて、ありがとう金本君」 バラそうとしたら、松原さんが嬉しそうに笑って金本に礼を言った。 「いえ、ちょっとした知り合いだったもんで」 金本は適当な事を言っている。 「操って呼ばせて貰うよ、なあ操、今日から君はここで暮らすんだ、不自由させる事はない、欲しい物があればなんでも言ってくれ」 松原さんは俺にも笑顔で話しかけてきたが、パートナー候補が来る事をよっぽど楽しみにしていたんだろう。 「あ、はい……」 この人と馬が合うかどうかはわからないし、金本が言ったように同じ境遇だからって理解し合えるとは限らない。 ただ、俺も同じ境遇だからわかる。 松原さんは70過ぎだ。 その年じゃ、尚更友人なんかできないだろう。 俺は拉致られた事をバラすのを躊躇した。 「うちには使用人が2人いる、なにか頼み事があったら言うといい」 「分かりました……」 この人は何も知らずに金本の言う事を信じてる。 松原さんが悪いわけじゃない。 金本にしてみれば、これは報復なんだろう。 俺は一銭にもならない事だし、金本に従うのはムカつくが、たった2ヶ月だ。 ちょうど今、小川さんと杉本さんとの事で悩んでいたし、この際、これを機会に、2人と冷却期間を持つっていうのもありかもしれない。 ◇◇◇ 松原さんとの生活が始まった。 親に連絡したら、真っ先にヤクザ云々と言ったが、俺は適当な事情を作り、知人の知人の紹介でちゃんとした御屋敷の執事として勤める事になったと話した。 だが、松原さんには悪いが、住所や名前等を明かさなきゃ信じて貰えない。 松原さんに話をしたら、明かしても構わないと言う。 そこで、松原さんがアパレル関係の会社を複数経営してる事がわかった。 会社には悪いが、俺は会社には未練がなかったので退職を希望した。 だが、俺が執事役は2ヶ月というと、休職扱いにすると言った。 まぁ、正直それはどっちでもいい。 それよりも俺は、石丸組に迷惑をかけたくなかった。 なので、お袋が納得するまでキッチリ話をした。 お袋も松原さんの素性がわかった後で、ようやく石丸組とは無関係なんだと理解してくれた。 こうして不本意に始まった生活だが、確かに金本がいったように不便に感じるような事はなかった。 お袋は一応納得したものの、やっぱり俺の事を心配していたが、松原さんがお袋と直に電話で話をしてくれた。 勿論、金本云々の話は抜きにしてだが、松原さんはやり手だけに話をするのが上手い。 お袋も複数の会社を経営する人物で、更に俺と同じように下半身不随という事もあり、腹を立てるような事はなかった。 極めつけに屋敷内は全て車椅子で動けるように改装済みだと聞いたら、もう何も言えなくなってしまったようだ。 なにしろ、この屋敷はうちよりも遥かに豪勢な造りになっている。 松原さんはお袋に『良かったら一度遊びに来てください』とまで言い、お袋もそれで安心したようだ。 親父はお袋の言いなりだから、お袋さえ丸めこめばそれでいい。 但し……。 小川さんと杉本さんの2人が問題だった。 俺は依頼主は素性の確かな人だと話し、心配はいらないと言ったのだが、しょっちゅう電話をかけてくる。 どっちかって言うと、小川さんの方がマメに電話してくる。 今もまた電話がかかってきた。 『場所を言え』 『それは言えません、依頼主との約束です』 もし言ったら、2人はここにやってくるに違いない。 松原さんに迷惑をかける事になる。 『んにゃろー、金持ちの世話って、怪しいにもほどがある』 『あの、とにかく大丈夫なんで』 「操、ちょっと来てくれ」 松原さんが呼んだ。 『あの、呼ばれてるんで、また電話します』 『おい! 待てコラァーっ!』 小川さんは喚いていたが、電話を切って松原さんのそばに行った。 松原さんの車椅子にぶつかる手前で、車椅子をストップさせた。 「君が傍にいてくれると、安心する」 松原さんは俺の手を握って笑顔を見せる。 体の関係は、今のところ軽いタッチにとどまっている。 というのも、俺達は2人共こんな状態だし、健常者の介助なしじゃ難しいからだ。 「旦那様、お茶でも入れましょうか?」 使用人として働くうちのひとり、山下さんが聞いてきた。 この屋敷の使用人2人は、山下さんと加藤さんと言う名前だ。 「ああ、そうだな、操、何がいい? 珈琲、紅茶、ココア」 「あっ、じゃあ……ココアを」 今日でこの屋敷にきて3日目だ。 さっきは電話を切ってしまったが、小川さんと会えないのは寂しいに決まっている。 せめて、小川さんの好きなココアを頼んだ。 「山下君、ココアと……私は紅茶がいいな、レモンで頼むよ」 「はい、承知致しました」 山下さんは注文を聞き、厨房へ向かった。 今、俺と松原さんはリビングにいるが、リビングと言っても相当広い。 「だけど、よかったよ、まったくのノンケだったらどうしようかと思ってね、経験あると聞いて安心した」 松原さんには経験がある事を明かしている。 「あ、はい……」 「そっちに行ったのは、気づいたら自然にってパターンかな?」 松原さんは少し立ち入った事を聞いてきた。 「いえ……小さい頃からじゃなくて、気づいのは数年前です」 「初めての相手はどんな人?」 「初めてっていうか、好きになったのは……ガタイのいい人です、俺、自分じゃそんなつもりはなかったんですが、やっぱりこんな体になって、男としての機能を失ってしまったから、それもあるのかな? しっかりした体つきの人に憧れます」 「機能か……、私は勃つ事は勃つんだが……、ははっ、この歳になって恥ずかしいが、そこは反射的に反応するんだね、ただ……、君が言ったような、機能がなくなったからそっちに行ったっていうのは、私は違うと思うよ、じゃないと、下半身不随はみんなゲイになるんじゃないかな」 「あ、そうですね……」 言われてみれば、松原さんの言う通りだ。 「多分、潜在的に持ってたんだ、何かのきっかけでそれに気づいたんじゃないかな」 「きっかけ……ですか」 きっかけは小川さんと出会った事だ。 会う度に徐々に個人的な感情を抱くようになったんだけど、それは別に特別な事でもなんでもなくて、誰かを好きになるって、元々そんなものなのかもしれない。 「君は彼氏はいるの?」 「あの、はい……」 「じゃあ、何故ここに? 彼氏が反対するだろ、金か?」 「いえ、お金は貰ってません、ちょっと頼まれて……、それでです」 「金本君は君に金を払ってないのか?」 「あ、はい、でも、お金はいいんです」 その辺りを話すとマズいので話せない。 「彼氏がいるのに、金も貰わずに来たって言うのか?」 「あの、はい、金本さんに頼まれたんで」 「あの男が? そんな人徳があるようには見えないが……」 やっぱり、松原さんにはわかるようだ。 「ちょっと色々と訳ありで、彼の為になるならって……、そう思って」 金本は当たり屋なのに、ちょっと庇いすぎじゃないか? って思ったが、こうでも言わなきゃ、脅されて来たなんて言ったら松原さんに申し訳ない。 この人はたまたま金本と知り合って、紹介して貰うように頼んだだけだ。 「そうか、まぁ、私は君がよければ2ヶ月とは言わずにもっといて欲しいが、彼氏がいるなら仕方ないな」 松原さんは目を伏せて残念そうに言う。 「あの、俺はずっとここに住む事は無理ですが、遊びに来ます、車も乗れるので」 こうして出会ったのもなにかの縁だし、2ヶ月が過ぎて家に戻っても、付き合いを続けたらいい。 「彼氏は怒らないか?」 「多分、わけを話せば大丈夫です」 2人共優しいから、大丈夫だ。 というか、俺はあれから3人で付き合う事について考え、その結果、杉本さんには悪いと思うが、俺は小川さんと2人で付き合いたい。 小川さんに言うよりも、杉本さんに直接話した方がいいだろう。 「そうか、それならいいが……、しかし、決まった相手がいるとはね、まぁーそりゃそうだよな、君みたいに若くて可愛い青年なら……きっとこんな体になっても楽しい日々を送れるだろう」 松原さんは寂しげな目をして言ったが、それは誤解だ。 「いえ、そんな事はないです、俺だって、この体になって長い間そんな相手はいませんでした、メールや電話をする友達はいても、実際出かけたりするとなると、やっぱり……相手に悪いし、どうしても消極的になりがちで、普通に動けた頃の友達とは疎遠になりました」 俺は事故をした後から孤独になったが、それは自分自身にも責任があると思う。 「そうなのか?」 「ええ、そりゃ……中にはそういう仲間同士で集まったりする人もいます、でも俺は……ひねくれてるのかな、なんか傷を舐め合うような関係は嫌だなって思うんです」 「ああ、なんとなくわかるよ、不特定多数で集まってワイワイやったところで、下手に気を使うだけだ、いや、そういうのが好きなら構わないと思うが……、私も気の合う相手と一対一で付き合いたい、こういった個人的な話をするのも、君だから話してるんだ、浅く広くな関係で慰めあっても、つまらないと思う」 「あ、やっぱりそう思います?」 「ああ、私もひねくれ者だ」 「そんな、ははっ……」 松原さんはジョークで返してきたが、この人とは気が合いそうだ。 ◇◇◇ 夜になって就寝時間になった。 俺は松原さんと同じベッドで寝る。 互いに自由に動けないが、使用人に手伝って貰う。 寝る時、松原さんは必ず手を握ってくる。 俺は……ほんとの事を言うと、体に触れたり、キスしたり……そういうのは抵抗がある。 松原さんに対して、特別な想いってやつがないからだ。 だけど、松原さんはパートナーを求めて金本に頼んだ位だし、いくら出したのか、そこまでは聞いてないが、金本に大金を払ったのは間違いないだろう。 そこまでして寂しさを埋めようとしてる人を、俺は突き放す事が出来ない。 「操、私のような萎びた爺さんは嫌だろう」 松原さんは隣でポツリと呟いた。 「そんな事はないです、みんな年をとるんだし、歳とか関係ないと思います、多分、大事なのは相性ですね」 「そうか、ありがとう、ちょっと横に向いてくれないか? こっち向きで」 「はい」 要望に応じて体を捻り、松原さんの方へ向いた。 「君の彼氏は体格がいいんだろ?」 「はい」 「彼氏はいくつだ?」 「えっと……、多分44位かな」 出会った頃からすれば、その位になるだろう。 「そうか、少し年上なんだな」 「はい」 「40代か、男が1番脂が乗る頃だ、私もな、その位の時はジムに通って体を鍛えた」 「あ、そうなんですか?」 今はガリガリに痩せてるから、全然イメージがわいてこない。 「まぁー、年をとって筋肉は落ちたが、こんなに痩せてしまったのは、車椅子になったからだ、ヤケになったのもあるが、食欲がなくてね、それに……人間、使わなくなると筋肉が衰える、足なんか棒っきれみたいに細いよ」 松原さんの話は俺と被った。 「あの、俺もやけになりました、それから足も同じです、見る間に細くなってガリガリです」 「ああ、そうか……、足はどうにもならないな、せめて上半身でも鍛えようかと思っても、70過ぎてそんな事をしても無駄な気がする」 「俺は……上半身だけでも鍛えろって、彼氏に言われたんですが、なかなかできずにいます」 ダンベルは一応買ったが、部屋に転がしたままだ。 「へえ、言われたのか、彼氏は普通に動ける人だろ?」 「ええ」 「君の事を心配してくれてるんだな」 心配か……。 「……みたいです」 寝る時は、スマホの電源をオフにしている。 そうしなきゃ、小川さんが電話してくるからだ。 「そうか、じゃ、彼氏には悪いが、いいかな?」 「あ、はい……」 松原さんとは寝る前にキスをして、互いの体に触れる。 本格的にやる事は出来なくても、松原さんはそういう関係を望んで金本に依頼した。 だから、俺は役目を果たす。 いつも通り、キスから始めた。 松原さんも体を捻って俺の方へ向き、しばらくの間頬を撫で回していたが、やがて体に触れてきた。 俺はキスを続けたが、松原さんはパジャマの上から爪で乳首を引っ掻いてくる。 乳首は開発済みだから、モロ感じてしまう。 「ふっ……」 堪らなくなってキスをやめると、松原さんはニコッと笑った。 「君は乳首が弱いようだが、彼氏に開発されたのか?」 「はい……」 主に杉本さんの方だ。 「私はタチだったんだが、もし動く事ができたら……君を抱きたい、君はネコなのか?」 「そうです」 「彼氏はそっちは上手いか?」 「多分……上手いと思います、あのでも、やっぱ下は感じないので、想像で感じてます」 「そうだね、それは私も悲しい、想像で感じるのか……」 松原さんは話しながら乳首を摘みあげる。 背中がゾワゾワして、否が応でも淫らな気分になってくるが、松原さんは俺の反応を見て楽しみ、満足したらそっと手を引き、その後は……再び手を繋いで大人しく寝るのだ。 歳のせいもあるとは思うが、がっつく事はない。 俺はちょっとだけ欲求不満になるが、こういう静かなやり方も悪くないと、そう思いながら眠りについた。
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