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◇◆◆◇ 翌日になって、杉本さんから電話が入った。 杉本さんはまた俺の居場所を追求してきたが、俺はこの機会に自分の気持ちを明かそうと思った。 切り出しにくかったが、俺は勇気を出して、小川さんと2人で付き合いたいと言ってみた。 『そりゃあな、小川の方が先に知り合ってんだ、俺が手ぇ出したのもわりぃ、ただな、俺だって惚れるのは自由だろ、あんた、俺の事嫌いか?』 『いいえ、嫌いじゃないです』 そういう事じゃないんだが……。 『だったらいいじゃねーか、大体よ、どこにいるのか言わねーで、それで俺と縁を切るだと? そりゃあんまりじゃねーか?』 『はい……』 それを言われたら、確かにそうだ。 『な、だったらよ、話し合いをしようぜ、小川と3人で、どこの屋敷か言え』 話し合いはわかるが、執拗に居場所を聞いてくる。 『いえ、わかりました、あの……この話はまたって事で』 『おい、何故言わねぇ、金持ちの世話係だろ? 別に明かしても構わねーじゃねーか』 もしバラしたら……2人は絶対ここに来る。 2人共、一見してその筋に見えるし、そんな2人がやって来るだけで十分マズいが、もし来たら……松原さんに事の次第を聞くだろう。 そしたら、ブチキレて金本をボコすに決まってる。 小川さんは傷害で刑務所に入ったのに、万一金本が警察に訴え出たら、また逮捕されるかもしれない。 『すみません、それはできないです』 『小川にも言わねーのか?』 『はい』 『ふーん、ま、いーけどよ、俺は納得しねぇからな』 『わかりました……』 『んじゃ、また電話するからな』 『はい』 やっぱり電話で話をするのは無理がある。 杉本さんは到底承諾しそうにないし、こうやって冷却期間を置いても、居場所を問い詰めてくるだけだ。 「操、電話か?」 俺はリビングから出て廊下で話をしていたが、松原さんが山下さんに車椅子を押されて部屋から出てきた。 「はい」 「彼氏か?」 「あ、はい……」 松原さんは使用人がいても、お構い無しにそういう事を口にする。 「早く帰って来いって言ってるのか?」 「いえ、ただ暇つぶしに電話してきただけです」 俺は使用人の2人に個人的な事を聞かれるのは抵抗があるが、使用人の2人はそういう話を聞いても表情ひとつ変えずにいる。 きっと、そういう事に理解のある人間を雇っているんだろう。 「そうか、はあー、じゃ、昼にするか」 松原さんはため息をついて言った。 「はい」 食事はリビングで食べる事もあるが、この屋敷には古い洋画に出てくるような食堂がある。 長い食卓が真ん中にドーンと置いてあり、燭台まで置いてある。 これもまた映画のロケみたいな雰囲気だが、松原さんはマナーとかうるさい事には拘らず、リラックスして食べなさいと言う。 最初に見た時は『えぇ、こんな所で食事?』とびびったが、自由に食べて構わないと言われてホッとした。 俺と松原さんは、使用人2人にお世話をして貰って食事を済ませた。 昼間は大抵1階でまったりと過ごしているが、1階は広間みたいな部分から左右に廊下が伸びていて、廊下沿いに部屋がいくつもある。 シアターの部屋、音楽鑑賞の部屋、色んな部屋があるが、一番奥の部屋だけは開かずの間になっている。 どんな部屋なのか気になったが、人様の屋敷だし、しつこく聞くのはやめにした。 今日も松原さんとたわいもない話をしていると、松原さんはゲイだという事を内緒にしてきた事について触れた。 若い頃は輸入バイヤーをやっていたらしく、外国に行って外人と交渉したり、買い付けをしたり、バリバリ働いてたらしい。 だから、日本よりも外国で遊ぶ率が高かったと言った。 外国ならバレる心配がないし、気楽だったと言う。 外人を相手に凄いな~と言ったら、ヨーロッパのある国で、ゲイバーに行った時の話をしてくれた。 ゲイバーと言っても、日本の場末のオカマバーみたいな雰囲気じゃなく、一見普通の男性が集まるバーらしい。 但し、店内は薄暗く、カウンターとテーブル席があって、既に出来上がったカップルがいちゃついてるって言う。 暗いからはっきりとは見えないらしいが、抱き合ってキスをするのは普通の事だと言った。 また、店内の奥には簡素なベッドが置いてあり、そこでヤル人もいるとの事だ。 松原さんは、特に気に入った相手がいなかったらしく、軽く飲んでホテルに帰ったらしいが、店内は異様な熱気に包まれ、奥から怪しげな声が聞こえていたと、赤裸々に語った。 ヨーロッパはキリスト教が主体だから、本来ならホモはタブーだと思うが、今は国によっては同性婚が認められている所もあると話した。 「なあ操、同性婚についてだが、君は彼氏がいるんだから考えた事はないか?」 松原さんは一通り話し終えて聞いてきたが……。 「え、いえ……、まだそこまでは」 同性婚だなんて、考えた事がない。 「そうか、日本じゃ無理だからな、ま、一緒に住むのは構わないだろう、事実、私の知り合いで同棲してる奴がいる」 「同棲……ですか」 一緒に住む……。 それも考えた事がないが、俺はよくても、この体じゃ同棲相手に迷惑をかける事になりそうだ。 ◇◇◇ そんな風に、一分一秒を紡ぐように毎日を過ごし、屋敷にやってきて11日目になった。 昼食を食べた後で、何を思ったのか、松原さんが開かずの間に招待すると言い出した。 「いいんですか?」 「ああ、構わない、ついて来なさい」 「はい」 いきなりの事に、おっかなびっくりもいいところだ。 一体何があるのか……ドキドキしながら車椅子を動かした。 廊下に出て部屋をいくつか通り過ぎ、いよいよ開かずの間の前にやってきた。 松原さんはドアの前に車椅子を横付けし、鍵を鍵穴に差し込んでドアを開ける。 ギィィーっと、不気味な音を立ててドアが開き、松原さんは俺を手招きして中に入った。 俺は慌てて車椅子を操り、開け放たれたドアから部屋に入ったが、昼間だというのに中はかなり暗い。 「ああ、真っ暗だね、ちょっと待って」 松原さんは窓際へ行くと、分厚いカーテンを開き、明るい日差しがぱあっと部屋の中を照らした。 「ん……?」 部屋の中を見回せば、人が寛ぐような雰囲気ではなく、床にはダンボールが無造作に置かれ、簡素な金属製の棚が2つ置いてあった。 棚は埃を被っているし、本当に長い間閉ざされていたようだが、棚には瓶が2つ並べて置かれている。 中に何かが入っているようだが、よく見えない。 「あれが気になるか?」 目を凝らして見ていると、松原さんが聞いてきた。 「はい」 「こっちへ、もっと近くに」 「はい」 呼ばれたのでそばに行ったら、松原さんは棚へ手を伸ばして瓶をひとつ掴んだ。 俺の目は瓶に釘付けだったが、中には淡い飴色の液体と、液体の中に浮遊する物体があった。 これは……なんとなく嫌な予感がする。 「これは陰嚢だ」 松原さんはさらっと言ったが、嫌な予感は的中した。 「えっ……」 いつか理科室で見た標本と同じで、ホルマリン漬けにされた陰嚢……。 つか、何故個人の家にホルマリン漬けのソレがあるのか……なんだか怖い。 「ははっ、驚いただろ?」 松原さんは笑って聞いてきたが、そんな物を見たら……誰しもびびると思う。 「そりゃ……」 「これは……若い頃に付き合った相手のだ、そいつは性転換したんだが、その時に記念に貰ったんだ」 陰嚢が記念品って……。 「私は色んな相手と付き合った、中には本格的に体を変えたいって相手もいたんだよ、私は恋愛に対して、その都度本気で付き合ってきた、だから、好きな相手の陰嚢を残しておこうと思ったんだ」 松原さんはソレを所持する理由を話したが、頭を冷やして考えたら、そんなのは人の自由だし、別に怖がる事じゃない。 「そうですか……」 松原さんにとっては、大事な思い出の品なんだろう。 「こっちはペニスだ」 そんな事を思っていると、もうひとつの瓶を手に取って見せてくる。 「え……、ペニスって」 そっちまで切り取るとか……想像しただけでなんだか痛々しい。 「気持ち悪いと思うかもしれないが、どうせ捨てられるんだ、だったら私が貰う、ただそれだけだ」 どう言ったらいいか……。 「あ、はい……」 好きだから、残しておきたいってのはわかった。 「操、もし君が性転換するなら、その時は是非私にくれないか?」 「えっ、いや、俺は……、多分ないです」 たとえ役に立たないとしても、性転換してナニを切りたいとは思わない。 「そうか、ああ、まぁー今のは冗談だ、この部屋はね、私にとっては思い出の詰まった部屋だが、他人に見られたら変人だと思われる、だから……開かずの間なんだ」 冗談でよかったが、局部のホルマリン漬けって、究極の思い出だ。 「そうですか……」 「君には見せてあげたかった」 松原さんは特別に俺だけに見せてくれたんだろうが、ほんと言うと……俺はあんまり見たくなかった。 「はい、ありがとうございます」 けれど、松原さんにとっては宝物なんだから、頭を下げてお礼を言った。
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