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◇◆◆◇ 2人の突然の来訪の後、加藤さんは俺と2人きりの時に、どっちが彼氏なのか聞いてきた。 そりゃ、杉本さんがあんな事を言ったし、疑問に思うのは無理もない。 正直に2人共彼氏だと明かしたら驚いていたが、そういうのは別におかしくないと言った。 オープンリレーションシップというらしい。 その意味を詳しく聞いて、俺の方が逆にびっくりした。 カップルが成立していたとしても、互いに自由に他の人間とつきあったりする。 オープンリレーションシップというのはそういう意味らしく、実際に3人で付き合ってるカップルもいるようだ。 なるほど……ありなのはわかった。 でも俺は、物静かな小川さんの方が付き合っていて楽に感じる。 実は、俺は3人での付き合いをやめたいんだと、加藤さんに本音を明かした。 加藤さんは『自分にはなんとも言えないけど、小谷さんが負担に感じるなら、3人で付き合うのはやめた方がいい』と言う。 それを聞いたらホッとした気持ちになったが、そのついでにちょっと気になった。 俺は自分の事を加藤さんに明かした。 だったら加藤さんの事も聞いてもいいだろう。 『俺、加藤さんが松原さんの事を好きなの、わかってます、余計なお世話かもしれませんが、もし俺の勘が当たってるなら、松原さんに告白してみたらどうですか?』って、率直に言ってみた。 そしたら加藤さんは『旦那様のそばにいられるだけで十分だから、それでいいです』と控えめな事を言う。 告って失敗するのを恐れているのか、それとも、本当にただそばにいたいだけなのか。 俺には判断できないので、それ以上余計な事は言わなかった。 ◇◇◇ それから、あっという間に日にちが過ぎていき、今日で松原さんの屋敷を後にする事になった。 荷物はここに来た後で、松原さんに買って貰った服や小物などがある。 それらを入れた袋を膝に乗せて、松原さんに向かって頭を下げた。 「今までお世話になりました」 「これを持っていきなさい」 すると、松原さんは茶封筒を差し出してくる。 「え?」 多分、金じゃないかと思った。 「金本君は君に何かしら接触してくるかと思っていたんだが、1度も顔を見せる事がなかった、金は本当に全部自分の懐に入れてしまったんだろう、君にタダ働きはさせたくない」 松原さんは金本が狡い事をしているのを見抜いている。 実際に金本は、俺がいる間、松原さんに電話1本よこさなかった。 俺が素直に指図に従ったので、安心してあぐらでもかいていたんだろう。 「いや、俺はなにも働いてないんで」 けど、どのみち俺はただ遊んでいただけだ。 「2ヶ月間、パートナーとして振る舞う、それが私からの依頼だったが、君はちゃんと約束を果たした、これはせめてもの礼だ、さ、頼むから受け取ってくれ」 松原さんは俺の手を握り、強引に封筒を握らせてきた。 そこまで言うなら、受け取らなきゃかえって悪い。 「そうですか、わかりました……、ありがとうございます」 お礼を言って茶封筒を受け取り、もう一度きちんと挨拶を済ませた後で、加藤さんに車椅子を押して貰って屋敷を出た。 松原さんも見送りに俺の後をついて来た。 拉致られた時にどこに行ったか不安だった俺の車は、金本達がちゃっかりこの屋敷に運んでいた。 車は2ヶ月間放置されていたが、その間、バッテリーがあがらないように、山下さんが面倒をみてくれていたらしい。 介助を受けて車に乗り込んだら、松原さんが車のそばにやってきた。 「また遊びに来てくれ、君を借りた事、お母さんや彼氏に申し訳ない、よろしく言っといてくれ」 俺に向かって申し訳なさそうに言ったが、俺だって、こんな経験をする機会は滅多にないと思う。 「こちらこそ、よくして貰って、この2ヶ月間はいい思い出になりました、あの、それじゃあ、また連絡します」 これが今生の別れってわけじゃないから、深々と頭を下げて車を出した。 久しぶりにハンドルを握ったら、調子よく走り出したので、すこぶる気分がよかった。 俺は窓を開けて松原さんに頭を下げると、邸内を出て家に向かって車を走らせた。 あんなお屋敷で暮らすとか、現実離れした出来事だったが……。 金本もこれで気が済んだだろう。 家に戻ると、お袋が玄関から飛び出してきた。 「操……」 大袈裟に涙ぐんでいる。 ガレージに車をとめたら、お袋は走ってわきにやってきた。 「ほら、手伝うから」 「うん」 お袋に介助して貰うのは久々だ。 お袋の手を借りて車椅子に乗り換え、押して貰って家に入った。 これでまた本来の生活が戻ってくる。 仕事をして、鍼灸院に通って……は一緒だが、2人と会うのは今まで通りなのかわからない。 真っ先に職場に連絡を入れたが、とりあえず……ちょっとゆっくり休みたい。 リビングのソファーに座り、お袋がいれてくれた珈琲を飲んだ。 「操、母さん買い物に行ってくるから、あんたが帰ってきたし、今夜はご馳走を作らないとね」 お袋はバタバタと忙しそうにしているが、俺の為に腕をふるってくれるらしい。 「へへ、うん」 返事をしたらリビングから出て行ったが、不意に電話が鳴った。 2人のどちらかが電話してきたんだろう。 そう思ってスマホを出してみたら、金本からだった。 なしのつぶてだったのに、今頃何の用があるのか……。 とにかく電話に出た。 『はい』 『おお、小谷さん、あんたよくやってくれた、お陰でこっちは懐が温もったわ』 大金を貰って満足したようだ。 『あの、これで気が済みましたよね?』 念の為、聞いておきたい。 『ああ、当たり屋の件は忘れてやる、その代わり……あんたにゃもうちょっと働いて貰いてぇ』 だが、金本は図々しい事を言い出した。 『え、なに言ってるんです……、俺はあなたの事が石丸組の人にバレないように、必死に隠してたんですよ』 松原さんとの事が上手くいったんで、味をしめたんだろうが、それは俺の努力があったからだ。 『あんた、石丸組の連中と付き合ってるのか?』 『はい』 この際、バラした方がいい。 『あん時の2人か? 確か小川と杉本だ』 『そうです』 『へえ、じゃあよ、端からそいつらに訴えてりゃ、あんなジジイの所へ行くこたぁなかっただろうに、何故黙ってた』 『小川さんはあの後ムショに入ってました、だからです』 『ははーん、わかったぞ、俺の事を言ったらあいつらは怒って俺をボコしにくる、そしたら……また逮捕されるって思ったんだな?』 『はい』 『なんだよ、じゃあ、俺を庇ったわけじゃねーな、小川を庇ってたんじゃねーか』 不満げに言ったが、そんなのは当たり前だ。 『そりゃそうです、あなたは当たり屋なんだから』 『へへっ、ま、いいじゃねーか、あのよ、そういう事なら、俺の存在がバレねーようにすりゃ、またいけるよな?』 2人の事を明かしたのに、まだそんな事を言っている。 『嫌です、というか、いい加減、本当にバラしますよ』 こうなったら、逆に脅してやる。 『小川が、ムショに戻る羽目になってもいいのか?』 ところが、脅し返してきた。 『杉本さんに頼みます』 杉本さんに頼むつもりはないが、こうでも言わなきゃひきそうにない。 『ちっ、わかったよ……、いい儲け話があるっていうのによー、また用がありゃ電話するわ』 金本はようやく諦めて電話を切ったが、もう連絡して来ないで欲しい。 「はあーあ……」 あの手のチンピラは、組織、組という縛りがない分、自由奔放に動けるんだろう。 ため息をついてスマホを膝に置いたら、また電話がかかってきた。 『はい』 『操、今家か?』 杉本さんだ。 『はい』 『お袋さんはなにか言ったか?』 『いえ、まだあんまり話をしてないんで』 帰ってきたばかりだし、ゆっくり話をする暇がない。 『そうか、あのな、小川と2人で付き合いてぇって話だが、操、俺は別れねーからな、俺はな、おめぇを見ていたい、お前は前向きに生きてるだろ、だからよ、なんかこう……元気が出るんだ』 杉本さんは相変わらず頑なだ。 『はい……』 だけど、俺の事をそんな風に言ってくれるのは嬉しい。 『お前は好きなように小川と会え、俺は……ちょいとヤキモチを焼き過ぎた、もう嫉妬しねーよ』 杉本さんは反省したような事を言ったが、根は優しい人だから、杉本さんなりに考えたんだろう。 『わかりました……』 迷いがゼロってわけじゃないが、そんな風に言われて無下には出来なかった。 杉本さんとの電話を終えてふうーっと深~いため息をついたら、廊下から足音が聞こえてきた。 お袋みたいだが、やけに早く帰ってきたようだ。 「あのー、散らかってますが、どうぞ」 あれ? なんか違うぞ。 「いえ、急にお邪魔してすみません、あの、これつまらねーものですが」 来客か……つーか、この声は小川さんだ!? 「あら、まぁー、またですか? そんな気を使わなくていいのに」 お袋はやけに優しげな対応をする。 「いえ、ほんの気持ちですから」 多分、俺の行方を突き止める為に、小川さんと杉本さん、2人で協力して、上手いことお袋の心を掴んだんだろう。 「あの、操はリビングにいるので、こちらへどうぞ」 「ああ、すみません」 お袋に案内されて部屋に入ってきたのは、やっぱり小川さんだった。 「小川さん……」 いきなりの訪問に唖然とした。 「おお、操、屋敷に迎えに行きたかったんだが、ちょいと用があったもんで、こっちに来た」 小川さんは説明しながら俺の隣に座ってきた。 「操、母さんね、買い物に出ようとしたら、小川さんがお見えになったの、今お茶をいれてくるから、あのー、小川さん、珈琲でいいかしら?」 お袋は事情を説明すると、愛想よく小川さんに聞いた。 あんなにヤクザを嫌っていたあのお袋が……。 あまりの変わりように開いた口が塞がらなかったが、俺にとってはありがたい事だ。 ただ、お袋には悪いが、注文は俺が代わりに言わせて貰う。 「小川さんはココアが好きだから、ココアを出して」 「あら、そうなの? ふふっ、わかったわ」 お袋はクスッと笑ってキッチンへ向かって踵を返した。 「ほらな、迂闊にココアを頼むと、笑われちまう」 小川さんはやっぱり気にしてるようだ。 「別に……バカにして笑ったわけじゃないです、お袋は多分、そんな強面なのに可愛いって思ったんじゃないかな」 俺の読みはほぼ当たっている。 「可愛い~? 俺がか?」 「ええ、ほら、ギャップ萌えってやつです」 「ギャップ萌えって……、いやまぁー、嫌な顔されるよりゃ、よっぽどいいんだがな、ははっ」 小川さんは困ったような顔をして、頭を掻いて笑った。 そんな小川さんの事を『やっぱ好きだ』って思ったが、俺は話さなきゃならない事がある。 「あのー、ちょっと前に杉本さんから電話があって、話したんですが……俺、やっぱり3人でいいです」 「あいつ、電話してきたか、で、3人でいいって、奴が偉そうに言ったのか?」 「いいえ、あの……杉本さんはこれからは俺と小川さんが2人きりで会っても文句は言わないと約束しました、だから俺はそれならいいかと思って……」 「そうだったのか、あいつ……、ああいう性格だから長続きしねぇんだよ、で、反省したって言ったのか?」 「はい」 「ったく、てめぇから3人で付き合うって言っといて、自分が妬いてりゃ世話ねーな」 ざっくりと説明したら小川さんは呆れ顔で言ったが、3人で付き合う事については、特に反対してこない。 「お待たせしました」 話し込んでいると、お袋が戻ってきた。 お袋は俺達の事を単なる友達として見てるので、特別な関係だという事はさすがに内緒だ。 「あ、すんません」 小川さんの前にカップを置いたので、小川さんは頭を下げた。 「いいえ、どういたしまして」 お袋は俺達の向かい側に座ったが、俺達をじっと見ている。 「あなた達、やけに仲がいいのね?」 「えっ……」 並んで座ってるから、変に思ったんだろう。 「あの、俺がこんな事言ったら差し出がましいかも知れませんが、操は足を踏ん張れねー、だから、万一倒れちゃマズいと思いまして、それで隣に座るようにしてます」 小川さんが上手い事言ってくれた。 「そうなの? いえ……、差し出がましいだなんて……、そこまで気を使ってくださって、ああ、そうか、そうなのね……、だから操はあなた達と仲良くしてる、あたしは誤解してたみたい」 お袋は小川さんがどんな人間なのか、わかってきたようだ。 「あの、俺らの事はいいんす、こんな稼業をやってりゃ、用心するのは当たり前です」 小川さんはそういうのはまったく気にしてない。 「いえ、先入観だけで悪く思ったりして、謝らなきゃ……、ごめんなさいね、本当に」 でも、お袋は謝った。 「いや、参ったな……、ははっ、俺はむしろ、操はすげーと思ってます」 小川さんは照れ笑いを浮かべて言う。 「操を支えてくださって、そんな風に思ってくれて、あたしは親として嬉しい、この子は体が不自由になってから、バイク仲間だったお友達とも付き合わなくなった、仕事をし始めても特に仲がいい人は現れない、ちょっと心配だったの」 「そうっすか……」 「でも、お2人みたいな頼りがいのある方がお友達として支えて下さるなら、心配する事はないわ」 お袋は2人との付き合いを認めてくれた。 その後は小一時間程、3人で和やかに話をした。 これなら、これから先2人が家にやって来ても、まったく気にする事はなさそうだ。
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