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◇◆◆◇ 俺は元の生活を取り戻した。 ここ数年で2人と出会い、色んな事があったが、松原さんという友人も出来た。 2人には松原さんとの関係を正直に話した。 松原さんも俺も体が不自由な事があり、軽い接触しかしてないと言ったら、2人共すんなり理解してくれた。 たまに会う事もOKしてくれたので、折を見て松原さんに会いに行くつもりだ。 ただ、あれからまた金本が電話してきて、『いいバイトがあるんだが、やらないか?』と言ってきた。 怪しいに決まってる。 『どんなバイトですか? 具体的な内容は?』と聞いたら、自分が紹介した人間と会うだけだと話す。 松原さんの時もパートナーとして……だったし、絶対そっち系だと思った。 『まさか……寝ろ、とかじゃないですよね?』って聞いたら、『なはははっ! よくわかってるじゃねーか、その通りだ』と、ゲラゲラ笑って堂々と言い放った。 そんな話を受けられる筈がない。 ましてや、俺はこんな体だ。 それを言ったら、『それがな、車椅子の奴に興味がある奴がいるんだ』とか、訳の分からない事を言う。 客から大金をぼったくるつもりなんだろうが、俺を利用して稼ごうったって、そうはいかない。 『お断りします、もう俺をあてにするのはやめてください』そんな風に、はっきりと言ってやった。 『あのな、石丸組の2人がついてるからって、そんなのは俺の知ったこっちゃねー、俺は組の看板を背負ってねーから自由だ、今度はあんたにも金を渡す、2時間で2万だ、本番までやらなくていい、それで2万ならいいバイトだろ』 金本は諦めそうにないが、俺を風俗嬢みたいに使うつもりだ。 断固として断ったら、『ま、よく考えろ、その気になったら電話してきな』 そう言って電話を切った。 もうため息しか出ない。 多分、金本はまた連絡してくるだろう。 相手にしなきゃいいだけだ。 ◇◇◇ 小川さんと杉本さんとは、自宅で会う機会が増えた。 親父は仕事で留守にしてるから、今の所顔を合わせる事はないが、お袋は2人と打ち解けて話をするようになった。 とても幸せな気分だ。 こんな風に、お袋を含めて4人で仲良く話ができるなんて、夢にも思ってなかった。 このまま幸せな日々が続くと思っていたが、ある日の夕方、まさか……な事態が起きた。 係長が俺と2人の関係を調べて、特別な仲だという事を知り、それをお袋に告げ口したのだ。 仕事から帰宅し、リビングでまったりしていると、お袋がやけに厳しい表情でやってきた。 向かい側に座るやいなや、いきなり話を切り出したものだから、俺は面食らったが、お袋は相当ショックを受けたらしく、俺を責めた。 「操……、あなたがそんな事をするとは思わなかったわ」 「ゲイだからキモイって事?」 「そりゃ、男同士で……、小川さんや杉本さんがあなたとそういう関係だとか、母さん……どう捉えたらいいの?」 「別に、普通でいんじゃね? 男でも女でも、好きになれば一緒じゃん」 「一緒? いえ、違うわ」 「違わねー、だいたいさ、俺は普通に結婚できねーし、支障はないと思う」 「ないって……、そういう事じゃなくて、あなたがそんな事を……」 「そんな事って、そこばっかし想像するからキモイんだろ? 俺は2人に沢山世話になってる、2人は嫌な顔ひとつせずに手を貸してくれるんだ、母さんだっていつも見てるから知ってるだろ?」 「そりゃ、2人の事は、いい人だと思ってるわ」 「なら、それでいいじゃん、俺との関係がどうだろうと、そこは抜きにして考えられない?」 「はあー、そうね……、あの2人は確かにあなたの事を思いやってる、そういうのを見たら、母さん凄く嬉しい、だって、本当に当たり前のように手を貸してくれるんだもの、ただでも……何故3人で御付き合いしてるの? そこはわからないわ」 「同性だから、オープンリレーションシップだよ」 「え、なにそれ?」 「ググッてみて、説明するのは難しいし、調べた方が色々わかるから」 「そうなの? うーん、じゃあ調べてみるけど、抜きにしてか……、少し考えさせて、ああ、父さんには内緒にするから」 「わかった」 お袋は最初パニクっていたが、話をするうちに少し冷静になってきた。 俺だってバレたのはショックだったが、バレたのなら、腹を括るしかないと開き直った。 俺はこの体になった時点で、1度死んだも同然だ。 そこから蘇ってきた事を思えば、そんな事はたいした事じゃない。 あとはお袋の判断に任せて、結果待ちするしかないが、係長のお節介には……マジで嫌気がさしてきた。 なんでも、知り合いに探偵がいたらしく、探偵を使って調べたようだ。 俺のプライベートを探ってチクるとか、常軌を逸している。 もしかしたら、ゲイに偏見を持ってるのかもしれない。 会社を変わろうかな。 障害者枠で募集してる会社があるし、探せばそれなりに見つかる。 兎に角、その後で小川さんと杉本さんに電話した。 まずお袋にバレてしまった事を話し、お袋が落ち着くまで家にくるのを控えてくれと頼んだら、2人は心よく承諾してくれた。 翌日になって、俺は仕事を休んだ。 その次も更にその翌日も、仕事を休んで部長に電話した。 率直に辞職したいと告げたら、部長は『性的指向の事が原因だな?』と聞いてきた。 呆気に取られながら『はい』と返事をした。 部長は『係長が余計な真似をして、皆に言いふらしたらしいが、今はそういう事を差別したら駄目な時代だ、我社も社長が性的マイノリティを認める方針だと言っている、係長には厳重注意して、2ヶ月減給処分にした、だから、辞めるのは無しにならないか?』 言いふらしていたのは知らなかったが、うちの会社がマイノリティに理解があるのも知らなかった。 だけど……言いふらされてるのに、会社に居ずらい。 『会社の方針はわかりました、でも……俺がゲイだってみんなにバレてるのに、仕事しづらいです』 『小谷君、大丈夫だ、みんなにはしっかり言い聞かせている』 部長はそう言うが、俺はどんな顔でみんなと会えばいいかわからない。 『あの、お心遣いは有難く思ってます、ただ、俺はやっぱり行きにくいです』 『心配ない、もしそういった事で差別する者がいたら、私が叱ってやる』 ゲイだとバレてしまったのも痛手だが、相手が石丸組の人間だって事も当然バレただろう。 その辺はどうなのか、部長に聞いてみたい。 『そのー、俺の相手については……どうでしょう、言いふらしたのなら、もうわかってると思いますが、やっぱり良くない印象を持ちますよね?』 『ああ、石丸組ね、あの組は……実は組長を知っててね、いや、昔飲みに行った時にチンピラに絡まれた事があって、その時に組長さんが間に入ってくれて、助かったんだ、ヤクザとは言っても千差万別で、組長によって一家の色合いが変わる、クズな親分ならカタギを食い物にしてシノギを稼ぐだろうが、石丸組の組長さんはそれで恩を着せるわけでもなく、気にするなと言ってくれた、その後もたまに顔を合わせたりしたが、親分は奢ってくれたりして、気前のいい人だよ、あれは昔ながらのいいヤクザだ、私はそう思ってる、だからその事についても、文句を言う奴がいたら私が説教してやる』 ーーー意外な話を聞いた。 まさか部長が石丸組の親分を知ってるとは思わなかった。 『そうでしたか……』 『だから、考えなおしてくれ』 これは、さすがに断れなくなった。 『わかりました』 『おお、そうか、よかった、それじゃあ、また会社に来てくれ、君がいないと事務の女の子が寂しがるからな』 『あ、はい……』 一緒に働く女性陣はどう思ったのか、やっぱりそこはちょっと気になるが……。 部長の説得を受けて、俺は翌日から出勤した。 「小谷君、おはよー、よかった、辞めちゃうんじゃないかって心配したのよ」 「あ、うん……」 「あのさ、係長がなんか勝手な事を言ってたけど、あたし達、気にしないから」 「うん……」 「元気出して」 「うん、ありがとう……」 俺は『うん』しか言えなかったが、同僚の女の子達はみんな優しく声をかけてくれた。 但し、男連中はどこかギクシャクした雰囲気だった。 いくら差別しないとは言っても、同性だから嫌悪感を抱くのかもしれない。 仕事はいつも通りにこなした。 特に変わった事はない。 これなら気にする必要はなさそうだ。 係長はチラッと姿を見たが、バツが悪そうな顔をして、すぐにその場から居なくなった。
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