17

1/1
前へ
/17ページ
次へ

17

◇◆◆◇ 仕事の方は前のペースを取り戻し、俺は休みの日に松原さんの屋敷に行った。 松原さんは凄く喜んでくれた。 加藤さんと山下さんも元気そうだ。 和やかに話をしながら、俺は加藤さんの事が気になったが、特に進展はなさそうに見えた。 松原さんとは会話だけで、なにかをするという事はなかったが、松原さんは俺の隣にいて、ずっと手を握っていた。 俺は加藤さんに悪いと思ったが、加藤さんはニコニコしている。 控え目な人だから、きっと松原さんが楽しげにしてるのを見て、それで満足しているんだろう。 楽しい時間を過ごして、昼過ぎに屋敷を後にした。 もちろん、また来る事は約束済みだ。 屋敷を出たら自宅を目指したが、車通りの少ない道にさしかかった時に、怪しげな車が後ろからついてきた。 また例のアレ、金本か? と思っていると、前の車もグルだったらしく、前の時みたいに挟みうちにされた。 もう怖さはなく『またか……』と呆れながら車をとめたが、前の車から降りてきた奴らは、全く知らない顔だ。 2人は運転席側にやってきて窓ガラスを叩く。 「開けろ」 半グレかチンピラっていうのは一見してわかったが、今回は鍵をかけている。 「おい、さっさと開けろ! 開けねーとガラスを叩き割るぞ」 無視していたら、片方がバールのような物を手にして振り上げる。 随分乱暴なやり方だ。 仕方なく窓を開けた。 「あの、なんですか? 金本さんに言われたなら、俺はバイトはできないんで」 風俗のバイトはお断りだ。 「奴はいねぇよ、あいつがあめーからよ、せっかくのいい話が台無しになっちまう、で、俺らが来た」 どうやら、男らは金本から話を聞いて勝手に来たようだ。 「え、金本さん、いないんですか?」 「ふっ、だからなんだ、俺らはあんたに用がある、車を降りて貰うぜ」 男は窓から手を突っ込んで鍵を開けにかかった。 「ちょっと……やめてください」 阻止しようとして男の手を掴んだが、男は馬鹿力でロックを解除した。 「オラァ、降りるんだよ」 「ちょっ……、なにするんです!」 ドアを開けられてしまい、男は俺の体を抱え込もうとする。 ジタバタ藻掻いたが、俺は足を踏ん張れないし、2人がかりでやられたら厳しいものがある。 抵抗虚しく、2人に抱えられて車の方へ運ばれた。 「ちょっ、やめてください! これは犯罪です!」 前の車に連れて行かれ、焦って思いつくままに叫んだが、ひとりが後部座席のドアを開けた。 拉致られて無理矢理風俗をやらされるとか、マジで笑い話だが、マジでやりたくない。 「っの、馬鹿な真似をするな!」 大声で叫んだら、前方から1台の車が猛スピードでやってきて、急ブレーキを踏んで俺が乗せられそうになった車の斜め前に止まった。 「んん……?」 男らは手を止めて車を見たが、俺はすぐに誰だかわかって……心底『助かった』と思った。 「おい、てめぇら!」 小川さんと杉本さんだ。 2人は車から降りて怒鳴りながらこっちにやってきた。 「あ"……」 俺を押さえる2人は、俺を抱えたまんまフリーズしてしまった。 「操を元通りに車に乗せろ」 小川さんが言ったら、男らは急に狼狽え始めた。 「な、なんだよ……、石丸組って、本当だったのかよ」 石丸組の事は金本から聞いていたようだが、半信半疑だったんだろう。 「早くしろ!」 杉本さんが怒鳴った。 「わ、わかったよ」 2人はビビって俺を運転席に戻し、逃げるように車に戻って行ったが、どうやら歯向かうつもりはなさそうだ。 「おい、ちょっと待ちな」 しかし、杉本さんが引き止めた。 「はい」 2人は立ち止まって杉本さんの方へ向いた。 「何故俺らが石丸組だとわかったんだ」 杉本さんは聞いたが、何となく……イヤーな予感がしてきた。 「金本が話してたし、兄さんらはどっから見てもその筋だから……それで」 チンピラは金本の名前を口にした。 「金本? どっかで聞いた名前だな」 「あんたらにボコされた当たり屋だ」 とうとう言ってしまった。 「ああ、あいつか、で、操を狙ったのは奴の指図か?」 「いいや、俺らが勝手にやった事だが、この男を使って儲けようとしたのは金本だ、なかなかやらねーから、俺らが手を出した、けど、あんたらがついてるならそんな真似はぜってぇしねぇ」 男はご丁寧に事情を説明し、びびりまくって引き下がると言った。 「へえ、やけにしおらしいんだな」 杉本さんはニヤついた顔で言ったが、金本がこんな真似をしてる事を知ってしまったし、松原さんの件を疑われたらマズい。 「そりゃ、俺らだって痛てぇ思いはしたくねー、石丸組の兄貴、気が済まねーなら殴りゃいい、けど、俺らはあんたらに歯向かうつもりはねー、むしろ詫びたい、つまらねー真似をして悪かった、2度とやらねぇって約束する」 男2人は杉本さんに向かって頭を下げて言った。 「小川、どうする?」 杉本さんは小川さんに聞いた。 「頭を下げる奴を殴ったんじゃ拳が泣くわ、行け、但し……また妙な気を起こしたら次はねぇからな」 小川さんは男らを許し、念押しをした。 「よくわかりました、それじゃ、失礼します!」 男らはもう一度深く頭を下げて車に乗り込むと、急加速して脱兎の如く立ち去り、後続の車も慌てて後を追いかけた。 2人は俺のそばに歩いてきた。 「操、松原さんの屋敷にいくって言ってただろ、だからよ、気になって様子を見に行こうとしたんだ」 杉本さんが言ってきたが、2人は俺の事を心配してくれてたらしい。 「はい……」 「なあ操、その松原さんの事だが、今の奴らが言ってたが……、お前、もしかしたら……あの当たり屋にやらされてたのか? だから当たり屋の仲間がお前にまた何かをやらせようとして拉致ろうとした、大体よ、いきなり執事? 世話係って、おかしいだろ」 今度は小川さんが言ってきたが、やっぱり勘づいてしまったようだ。 ソッコーで言い訳なんか思いつくわけがないし、もう正直に話して、小川さんが暴挙に出ない事を祈るしかない。 「あの……、怒らないでください、確かに金本は俺を松原さんに紹介しましたが、乱暴な真似はしてないし、俺は松原さんと知り合いになれた、ただ、金本はそれで金を稼いだだけです」 「そうか、隠してたんだな」 「すみません……、俺、小川さんが金本をボコしてまたムショに入ったら嫌だから、それで言えなかった」 素直に気持ちを明かした。 「ばかだな、結果的にゃ悪い方へ転ばなかったからいいようなものだが、もしなにかあったらどうするんだ」 小川さんは呆れ顔で言った。 「小川、操はお前を庇ったんじゃねーか、お前がブチ切れちゃマズいと思ったんだよ」 杉本さんは俺の気持ちを代弁してくれた。 「俺が怒り狂って金本をボコすと思ったのか、はあー、ま、確かに……そんときに気づいたらやっちまってたかもな」 小川さんはため息混じりに言ったが、やっぱり内緒にして正解だったようだ。 「ま、兎に角だ、立ち話もあれだしな、な、操、お袋さんは……まだ駄目か?」 杉本さんが遠慮がちに聞いてきた。 「あ、いえ、多分大丈夫です」 お袋はあれからググッたらしく、俺が職場復帰した後で、『あんたがそうだっていうのは、やっぱり複雑な気持ちだけど、だからなに? って話だし、2人があなたを助けてくれてるのは本当の事、あたし……できるだけ気にしないようにするわ』と、認めるような事を言ってくれた。 「そうか、だったら久々にお邪魔するか、なあ小川」 杉本さんは小川さんに声をかけたが、久々に2人を家に招く事になりそうだ。 「ああ、そこらでなんか手土産を買うわ」 小川さんは相変わらず気遣いを忘れない。 「しかし、金本には釘を刺す必要があるな」 けど、杉本さんが気になる事を言った。 「あの、釘を刺すって……それは」 不安になって聞いた。 「安心しな、口で脅すだけだ」 良かった……。 手荒な真似をするつもりはないらしい。 「あ、はい」 安心したところで、2台で家に向かう事になったが、2人は途中で店に立ち寄り、手土産を買った。 家に着いたら、お袋が出迎えた。 だけど、どことなく顔が強ばっている。 お袋は俺の介助をしてくれたが、2人も手伝ってくれた。 「あの……すみません」 お袋は頭を下げたが、やっぱり俺達の事がひっかかるんだろう。 目を伏せて言った。 「いや……、それよりこれを、つまらねー物だが、どうぞ」 小川さんが手土産を差し出した。 「あら、いつもすみません、あの、どうぞ上がってください」 お袋は頭を下げて受け取ると、今までと同様に2人を家に招いた。 「ああ、じゃ、お邪魔させて貰います」 4人で家に入った。 リビングのソファーに座ったが、小川さんと杉本さんが2人して介助してくれて、当たり前のように俺の両隣に腰を下ろした。 「あ……、お茶を用意するわね」 お袋は俺達から目を逸らして言うと、茶を口実にしてそそくさと退散する。 「へっ……、やっぱりよ、キツいんじゃねーの?」 杉本さんが苦笑いを浮かべて小川さんに言った。 「だとしても、俺は構わねー、俺らは操の友人でパートナーだ、その事について卑屈になったり、異常だと思っちゃいねぇ、俺は自分がやりてぇようにやる」 小川さんは珍しく我を出して、はっきりと言い切る。 「お前にしちゃ強気だな、ああ、俺も右に同じだ」 杉本さんが同調して頷いたら、お袋がトレイを抱えて戻ってきた。 「お待たせしました、えっとー、小川さんはココアで杉本さんは珈琲、はい、どうぞ」 お袋は2人の前にカップを置いたが、小川さんがココアで杉本さんが珈琲なのは、2人が通ってくるうちに定番化した事だ。 「どーも、すみません」 2人は軽く頭を下げたが、俺はお袋がどうするのか気になった。 「じゃ、失礼するわね」 お袋は俺達の向かい側に座ったので、俺は内心ホッとした。 「そのー、こんな事言っちゃなんですが、俺らはなにも変わらないんで」 小川さんがお袋に話しかけた。 「わかってます、この際……本音で話しますね、あたしはせっかくあなた達と仲良くなれたのに、やっぱりね、そういう話を聞いたらショックだったの」 お袋は腹を据えたように話し始めた。 「ええ、そりゃそうだ」 小川さんは深く頷いた。 「でもね、操に言われて考えたの、今は男だ女だって、そんな事に拘る時代じゃないのね、ベルリンなんか同性婚が認められてる」 ググッたら? と勧めたのは俺だが、お袋は思った以上に調べたらしい。 「そうっすか、いや、俺は外国のこたぁわからねー、今の日本じゃ異常だと思うのが普通っす、だからお母さんが腹を立てるのは当たり前なんすよ」 小川さんは申し訳なさそうに言う。 「お母さん、俺らは大抵2人でつるんできた」 そこへ杉本さんが割って入ってきた。 「はい」 お袋は杉本さんを見て返事をする。 「こんな稼業だから、きたねぇ真似をした事もある、そんな中で、たまたま操と出会った、俺は感心した、下半身が駄目になっちまったのに、操は車を運転して仕事もしている、俺らは横道にそれちまって、裏街道まっしぐらっすけど、操を見て……ひょっとしたら、俺は甘えてたのかもなって、そう感じた、だって、こんなハンデを背負った奴がこんなに頑張ってる、それを見たら……なんか色々と思う事があって……、そういう関係になったのは、俺らはバイなんで、自然とそうなりました」 杉本さんはいつも茶化す側だが、珍しく真面目に話をしてくれた。 俺の事をそんな風に言われたら、なんか……今まで頑張ってきてよかったなってそう思った。 「わかりました、本当によくわかったわ、もう偏見なんて捨てます、ただ、お父さんにはさすがに内緒だけど……」 お袋はわかってくれたらしい。 親父はどうせ仕事でいないし、部外者で構わないと思う。 その後は以前と変わらず、4人で和やかに談笑した。 3人の関係がいつまで続くかわからないが、続くように願いながら仲良くやっていけたら……。 その何気ない積み重ねが、俺にとっては生きる糧になるし、何よりも力になる。 その後、お袋は2人の冗談を聞いてケラケラと笑い、屈託のない笑顔を見せた。 その顔からは……蟠りはまったく感じられなかった。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

167人が本棚に入れています
本棚に追加