2

1/1
前へ
/17ページ
次へ

2

◇◆◆◇ コツコツと会社に通い、休みの日は田端鍼灸院へ通う。 そのパターンは前からだったが、小川さんと再会したあの日、先生は週2に増やした方がいいと言った。 休みの日以外は夕方から夜になるが、先生は構わないらしい。 その数日後に早速帰宅時に立ち寄ったら、また小川さんと出くわした。 なんと、彼も週2回に……と言われたらしく、俺もですと言ったら、この際同じ日にしないか? と言ってきた。 俺は二つ返事でOKした。 それから週2回、月曜の仕事帰りと仕事が休みの金曜日に、田端鍼灸院で小川さんと顔を合わせるようになった。 人間、馬が合うというやつは本当にあるらしく、俺達は会社員とヤクザという垣根を越えて話をするようになった。 自分より10歳も年上の人だし、友達って感じじゃないが、先輩や上司みたいな関係でもない。 立場や年齢に関係なく、たわいもない話をするのが楽しいと感じる。 友達はいたが、親友ってやつはいなかったし、誰かに会うのがこんなに楽しいのは、多分生まれて初めてかもしれない。 そんな付き合いが度重なるうちに、金曜日の治療の日、小川さんが先に治療を終え『治療が終わったら、一緒に飯でも食いに行かないか?』と誘ってきた。 俺が終わるのを待ってるという事だし、そこまで言われたら行かなきゃ悪い。 ただ、俺は常に車椅子付きだから、俺の車で行く事にした。 小川さんの車は鍼灸院の駐車場を借りる事にして、帰りは俺が小川さんを駐車場まで連れて帰る。 車に乗る時、小川さんは珍しそうに俺をじっと見ていた。 俺の車はドアを開けたら色々とボタンがついていて、車椅子でも乗り降りできる仕様になっているからだ。 小川さんに助手席に乗って貰っていざ出発となったが、『こういう車は便利だな、けどよ、慣れるまでは大変だったろ?』と聞いてきた。 「ええ、確かに便利で有り難いんですが、慣れは必要ですね、こういうのが苦手な人もいますし」 自力で操作できなきゃ難しく、無理な人は車の運転を諦める人もいる。 「だよな、ほんと偉いわ、俺だったら拗ねて寝たきりになるだろうな」 「ははっ、俺もいっときはやけになってましたから」 「そうか、あのよ、変な事を聞くが……トイレ、大変じゃねぇか?」 小川さんは今度はトイレの事に触れてきた。 「ええ、大変です」 「下の話は打ち明けにくいだろうし、苦労するよな」 小川さんは鋭いところを突いてくる。 「はい、そうなんです、あの……こんな話をしたら嫌かもしれませんが、排泄のコントロールができなくなるんです、だから前もって処置しておくか、オムツです」 この人なら話しても大丈夫そうだ。 「いや、俺は構わねーぞ、そんな事ぁなんとも思わねぇ、オムツか、あんた苦労してるんだな、俺には遠慮なく言ってくれ、手伝ってやるよ」 すると、手伝うとまで言ってくれる。 「あ、はい……、ははっ」 なんだか嬉しくなった。 それから小洒落たカフェに立ち寄ったが、小川さんは自力ばっかじゃ疲れるだろ? と言って、車椅子を押してくれる。 実は電動に切り替える事もできるのだが……彼の親切に甘えたい気分だった。 小川さんに押して貰って店内に入ったが、席に座る時、彼はちゃんと椅子を退かし、俺をテーブルの前に誘導してくれた。 「すみません、ありがとう」 気が回るし、すげー優しい。 こんな人間がヤクザだなんて、信じられない。 注文をしてウエイターが立ち去ったら、聞かずにはいられなかった。 「あの……、小川さんは何故組に?」 声を潜めて聞いてみた。 「成り行きだ、俺は悪さばっかしてたからな、鑑別に少年院、指にはイキがったあとが残ってる」 小川さんは向かい側に座っているが、手を出して指輪をずらして見せる。 指輪の下にはリング状の刺青が入っていた。 「刺青ですね……」 「当時は流行ってたんだ、鑑別に入った証っつーか、で、墨を入れる、自分で適当に彫るんだ」 「そうなんだ」 そんな話は初耳だ。 ていうか、そういう人間に関わった事がないんだから、当たり前か。 「そういう事をやってりゃ、地元のヤクザが声をかけてくる、誘われて事務所に出入りしてるうちに自然とそうなった」 「そうでしたか」 成り行きで……というのはわかったが、惜しいような気もする。 「だけど、俺はあなたに助けて貰って今だって親切にして貰ってるし、普通に生きていく事もできるんじゃ?」 気を悪くするかもしれないが、素直にそう思った。 「無理だな、いっぺん足を踏み入れちまったら、後戻りはできねぇ、そりゃあな、四六時中オラついてるわけじゃねーし、あんたとはたまたま知り合いになった、知り合いだから普通に話をするが、そうじゃなきゃ関わる事はねー」 つまり、端から住む世界が違うって事だろうか。 「そうですか……」 そう言われてしまったら、どうにもならない。 「だからよ、あんたとも治療をしてる間だけだ、終わったら俺はヤクザで……あんたはサラリーマンだ」 小川さんは治療が終わったら関わりを断つつもりらしい。 「そんな……、あの、俺……、こんな事言ったら変かもしれませんが、あなたと話をするのが凄く楽しみです、治療が終わっても会えませんか?」 自分でもおかしな事を言ってると思った。 相手は同性で男なのに、会って話をしたいだとか、下手したらキモイって思われそうだ。 「俺らのような人間が……、ありがてぇ事だ、実はな、俺もあんたと話をするのが楽しみになってる、ただな、俺らと関わるのはよくねー、なんかあった時はあんたまで疑われる、迷惑かけちまうからな」 けれど、キモイどころか……自分も楽しみだと言った。 「構いません、なにかあって警察が来ても、俺、全然平気です」 それなら是非お願いしたい。 「はははっ、そうか……、いや、まぁー、その気持ちは嬉しい、なあ小谷さん、あんた実家住まいだと言ったが、ガチでなんかあった時は、あんたの両親に迷惑をかける事になる、それによ、俺より10も下なんだ、彼女を作るとか、何かのサークルにでも入りゃ、いくらでも仲間ができる」 俺は小川さんと縁を繋いでおきたいのに、彼はあくまでも切るつもりでいる。 「ヤクザだからって、いいじゃないですか、俺はそんなのは関係なくあなたが好きだ、あの、変な意味じゃなく……」 つい口走って慌てて言い訳したが、こんな風に素で話せる相手は……そうはいない。 「お待たせしました」 そこで注文の品が運ばれてきた。 話が途切れてしまったが、俺はウエイターが立ち去るのを待って再び切り出した。 「小川さん、頼みます」 小川さんに向かって、頭を下げて頼んだ。 「おいおい、よせよ、俺なんかに頭を下げるな、それより食おうぜ」 小川さんはさほど真剣に捉えてないらしく、注文したカツカレーを食べ始めた。 そりゃ、互いにいい年をしたおっさんだし、会う会わないで真剣に話しあいをする方がどうかしてる。 なんか、ちょっと恥ずかしくなった。 俺も目の前に置かれたベーグルサンドを食べ始めた。 冷静に考えれば、同性に対して会ってくれなどという方が異常だ。 ホモじゃあるまいし……。 小川さんがそうしたいというなら、諦めるしかないだろう。 せめてあとひと月、小川さんの治療が終了するまで、楽しく語り合いたい。 その後はその話題は抜きにして、談笑しながらベーグルを食べ、珈琲を飲んだ。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

167人が本棚に入れています
本棚に追加