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◇◆◆◇ 逮捕されたと聞いた時は、事務所前だった事もあって冷静さを失っていた。 だけど、家に帰ってよく考えてみたら、色々思う事があった。 まず、あんなに優しい人が喧嘩を日常的にやってるって事。 確かに見た目は怖いし、喧嘩をするイメージはある。 但し、俺からしてみれば車椅子を押してくれる優しい人だ。 ヤクザっていうのは個人的に付き合えばそういう風に普通なんだと、初めて知ったが、刑務所に服役するって事は前科者になる。 俺は小川さんの一部分しか知らないし、もしかしたら既に前科ありかもしれない。 それと、名刺をよく見たら、杉本さんも幹部だと書いてあった。 それから1週間が過ぎたある日、夜になって杉本さんから連絡が入った。 小川さんは留置場から拘置所へ移送されるらしいが、裁判→刑確定→刑務所の流れになるらしく、1、2ヶ月はかかるらしい。 俺は逮捕されたら即刑務所にいれられると思っていたし、留置所と刑務所は全く別物だと思っていたが、杉本さんは留置場も拘置所も、既に牢屋みたいな物だと言った。 だから、差し入れは今でもできるらしい。 但し、食べ物、タバコ、靴など駄目な物もいくつかあり、逆にOKなのは服や手紙、写真に現金……現金は意外に思ったが、3万までならいいと言う。 恐らく、内部に売店があるか、もしくは警察の人に頼むんじゃないのか? そういう事はさっぱりわからない。 服や小物類は石丸組の人達が持っていくだろうし……、こういう時は現金が一番助かると思った。 更に杉本さんに詳細を聞いた。 小川さんは今はまだ留置場にいるが、面会は土日は休みで平日のみ、昼時を避けて午前中か、午後は夕方16時までとの事だ。 面会時間は本当なら30分あるらしいが、実際は15分程度になるという。 杉本さんはいつ行くか、日にちを具体的に聞いてきたので、次の休みの金曜日にしようと思ってると言ったら、一緒に行くと言ってくれた。 ちなみに、3人までなら大丈夫だと言ったが、人数制限があるとか……、俺にはわからない事だらけだ。 留置場は警察署にあるらしいので警察署に行く事になるが、杉本さんは身分証と判子が必要だと言った。 なんだかドキドキするが、杉本さんが一緒なら安心だ。 但し、俺は車椅子だから、それぞれの車に別れて行く行く事にした。 杉本さんとひと通り話をして、予定が決まったので電話を切った。 警察署に行く機会は免許の更新くらいだが、あの中に留置場があるとはしらなかった。 警官は悪い事をした奴らを捕まえるんだし、よく考えたら当たり前か。 その日から、俺はずっと小川さんの事を考えていた。 いざ会ったら、なんて声をかけよう……。 小川さんはどんな顔をするだろうか。 これから後刑務所に入る事になるんだから、嬉しい筈がないだろうし、俺は小川さんを励ましたいが、どう言えばいいか分からない。 そんな事ばかり繰り返し考えていたら、いよいよ行く日が明日に迫り、杉本さんに電話をして小川さんに渡す物を確認した。 まず現金、これは反対されなかったが、タオルを持っていくと言ったら、タオルは禁止だと言った。 何故なのかよくわからないが、警察なりに何か理由があって禁止してるんだろう。 その夜はなかなか眠れなかった。 ベッドに入って無理矢理目を閉じたが、どうしても小川さんの姿が浮かんでくる。 強面でヤクザな風貌……ガタイがよくて、疎らに生えた無精髭が男っぽい。 鍼灸院でジャージの袖を捲った事があったが、何気なく見た腕は太く逞しかった。 きっと体も逞しいに違いない。 頭の中に裸体が浮かび上がり、変に気持ちが高ぶってきた。 「俺、なに考えてんだよ……、変態じゃねーの」 やっぱゲイ道に向かってるんだろうか? 俺はそういう指向の人を差別視するつもりはない。 自分だって障害者の枠に入った事で、ある意味差別的な目で見られているからだ。 ただ、自分は同性に惚れた事がなかったし、そんな事を真面目に考える機会もなかった。 なのに、この感じ……これは明らかに、小川さんに対して恋愛感情を抱いているように感じる。 ヤバイ……。 こんな事を小川さんが知ったら、ドン引きするだろう。 絶対バレないようにしなきゃ、たとえ進展がなくても、俺は小川さんとお付き合いしていたい。 俺は小川さんが刑務所に移っても、出所するまで休みの日には面会に行くつもりだ。 本心は隠して、あくまでも知人、友人として会いに行こう。 ◇◇◇ 面会は昼からだと気忙しいので、午前中にしている。 翌朝、朝ごはんを食べて出かける準備をした。 「操、鍼灸院?」 「うん、そう」 お袋が聞いてきたが、言えるわけがない。 ヤクザと付き合ってるって知ったら、ぶったまげてやめろって言うに決まってる。 「気をつけて行きなさいよ、危ない時は早目にブレーキ」 「うん、やってるよ、ちゃんと手でブレーキ踏んでる」 「大丈夫だろう……な運転じゃなく、かもしれないって思わなきゃ」 また始まった。 俺が事故をしてこんな体になったんだから、心配なのはわかるが、しょっちゅう言ってくるので少々うんざりする。 「わかってるって、じゃ、そろそろ出るから」 「あ、じゃああたし、手伝うわ」 お袋は俺が出かけたり、戻ってきた時は介助をしてくれる。 ひとりでも車の乗り降りは出来るが、介助があった方が早くできる。 食事も済ませたし、お袋の介助を受けて車に乗り込んだ。 「ほんとに気をつけてよ」 「わかった、じゃ、行ってくる」 お袋は最後にもう1回念押ししてきた。 返事を返し、車を車庫から出して走り始めた。 運転操作は手でできるようになっている。 小川さんにも話したが、動きたい一心で車を運転出来るように頑張った。 待ち合わせ場所は、行く途中にあるコンビニだ。 15分ほど走ったら到着した。 このコンビニは駐車場が広めにとってあるので、とめるのが楽だ。 徐行しながら周りを見回したら、それらしい車が端っこのフェンス前に止まっていた。 ゆっくり近づいて行くと、運転席から杉本さんが降りてきた。 「おお小谷さん、来たか」 声をかけてきたので、慌てて窓を開けた。 「はい、あの……先導して貰えたら有り難いんですが」 警察署の場所は知っているが、その方が安心だ。 「おお、わかった、じゃあよ、ゆっくりめに走るわ」 「はい、すみません」 杉本さんも小川さんと同じように、親切に言ってくれる。 杉本さんが車に戻り、再び出発となった。 彼は言った通りにゆっくりと走り出した。 信号のない横断歩道で歩行者が立っていたが、わざわざ止まって渡らせてあげようとする。 歩行者は頭を下げて横断歩道を渡ったが、そういうのを見たらほっこりする。 前に誰かが言っていたが、カタギを睨みつけて虚勢を張るような奴は、下っ端かチンピラレベルだと、そんな話を聞いた事がある。 小川さんも杉本さんも、幹部クラスだから落ち着いてるのか? 安全運転で緩やかに走り続け、やがて警察署に着いた。 車を駐車場に止めて車椅子に乗り換えていったが、杉本さんはそばにやってきて乗り換える様子をじっと見ている。 小川さんと一緒だ。 俺が車椅子に乗り換えて施錠したら、すっと後ろに回り込んできた。 「お前、すげーな、よくあんな器用な真似ができるもんだ、俺、初めて見たわ」 感心したように言って車椅子を押してくれる。 「あの、すみません……、車からの乗り降りは……初めは大変でしたが、今は慣れました」 頭を下げて、小川さんに言ったのと同じような説明をした。 「そうか、にしてもすげーな、あのよ、警察署はバリアフリーじゃねーから、段差は俺が抱えるわ」 「はい、すみません」 最近はバリアフリーが増えたが、そうじゃない場合ひとりじゃ入れない。 抱えてくれるだなんて、そんな事を言ってくれるのも、小川さんと似ている。 警察署の中に入ったら、杉本さんは3階に行くと言う。 俺は車椅子を押して貰ってエレベーターに乗ったが、3階に面会の受け付けがあるらしく、差し入れもそこで渡すらしい。 本当は色々持ってきたかったが、禁止されてる物が多いので、結局、現金を封筒にいれて持ってきただけだ。 3階についたら、杉本さんは受け付けに行って話をした。 俺は珍しくてじっと見ていたが、よく見たら受け付けに留置係と書いてあった。 杉本さんはここへ来るにあたり、予め連絡をいれていたようだ。 話は早めに終わり、俺と杉本さん、それぞれに免許証を出して、必要事項を紙に記入した。 署名押印して差し入れの封筒を係の人に預けたら、いよいよ面会室へ向かった。 杉本さんに車椅子を押して貰ったが、辺りを見回してちょっと異様な空気を感じた。 左側の奥に頑丈な扉があり、その中ははっきりとは見えないが、なんとなく牢屋みたいな部屋が並んでいる。 こんなところにしれっと牢屋があるなんて、今の今まで知らなかった。 「こっちだ」 杉本さんは右側に進んで行ったが、廊下の一番端へきた時に、車椅子から手を離して目の前のドアを開けた。 ドアを開け放った状態で戻ってくると、車椅子を押してドアの中に入れてくれる。 中に入ったら透明の仕切り板があって、その前に椅子がいくつか置いてあった。 「ちょっと待て」 杉本さんは椅子を退かし、車椅子を仕切りの前に誘導してくれた。 「すみません……」 世話になりっぱなしで申し訳ないが、なんか……すげー。 目の前に、いつかドラマで見たアレがある。 アレとは透明の仕切り板だが、本当にドラマと一緒だ。 杉本さんは椅子を俺の隣に持ってきたが、その時、仕切りの向こう側の部屋の扉が開き、小川さんが部屋に入ってきた。 「小川さん……」 小川さんは見た感じ、特に変わりはない。 俺達の前にやって来て椅子に座った。 「小谷さん、あんたわざわざ来たのか」 けれど、あんまり嬉しそうじゃない。 「そりゃ……心配なんで」 俺は会えて嬉しかったが、小川さんはそうでもないんだろうか……。 「俺らはいつこうなるか分からねぇ、心配なんかしてもきりがねーぞ」 投げやりに言ったが、やっぱり『住む世界が違うから関わるな』って言いたげだ。 「おい小川、せっかく来てくれたんだ、んな、つれねー事を言うな、お前に差し入れも持ってきたんだぜ、係に渡しといたからな」 俺はショックでなにも言えずにいたが、杉本さんが代わりに言ってくれた。 「差し入れ? なんだ、金か?」 「ああ、そうだ」 「ったく、俺なんかに無駄な金を使うな」 小川さんは眉間にシワを寄せて不機嫌そうに言う。 「小川、なに不貞腐れてる、小谷さんはな、お前の事を心配して事務所まできたんだぞ」 杉本さんは俺の事をフォローしてくれる。 「それが余計だって言ってるんだ、な、小谷さん、鍼治療は終わりだ、あんたは俺みてぇなクズの事は忘れて、自分の体の事を考えろ」 でも、肝心の小川さんは……相変わらず迷惑そうだ。 俺は毎週面会にくると、勝手にそう決めていたが、それは叶いそうにない。 「あの……、迷惑ですよね、すみません……、刑務所……大変だと思いますが、頑張ってください」 小川さんに言って頭を下げたが、悲しいけど、もう……会わない方がいいと思った。 「おい、小川……、ひでぇじゃねーか」 杉本さんは小川さんを責めた。 「俺は暫く出られねー、カタギは俺らのような人間に関わらねー方がいいんだよ」 「お前な、そうかてぇ事を言うなよ」 「ま、そういうこった、わかったらもう帰りな」 小川さんは仏頂面で言って立ち上がり、踵を返してドアの方へ歩いて行く。 「おい小川……、ちょっと待ちなって」 杉本さんが呆れ顔で呼び止めたが、小川さんはドアを開けて部屋から出て行ってしまった。 俺はひとりよがりな思い込みで小川さんが喜ぶと思っていた。 でも、それは大きな勘違いだったらしい。 「わりぃな、せっかく来たのによ」 ズタボロな気分でいると、杉本さんがすまなそうに言った。 「いいえ……」 再び車椅子を押して貰い、杉本さんと一緒に警察署を出た。 駐車場にやってきて車の鍵を開けたら、杉本さんが呼び止めてきた。 「な、小谷さん、あんた、鍼灸院であいつと会ってたんだよな?」 小川さんとの事を聞いてくる。 「はい」 「話をしてたのか?」 「そうです」 「それ以外は……飯を食いに行ったりしたか?」 「一度だけ行きました」 「そうか、そんだけ親しくしてたのによ、実はな、あいつがムショに入るのはこれで2度目だ」 やっぱり既に前科持ちだったらしい。 「あ、はい……」 「あいつな、最初にムショに入った時、付き合ってた女がいたんだ、その女はあいつが服役してる時に死んじまった」 「えっ、どうしてですか?」 「俺らの周りにはろくでなしが山ほどいる、だからよ、そういう奴らの誘いに乗ってフラフラ出かけちまったんだが、女を乗せた車が事故ったんだ、相手は大型トラックだからな、即死だ」 「あ……、そうでしたか」 「だからよ、アレだ、お前にもなにか災難が降り掛かったらやべぇと思ってるんだ、で、あんな態度をとる」 杉本さんは俺が気の毒だと思ったんだろう。 小川さんの個人的な事について衝撃的な話を明かしてくれた。 「あの、俺……、迷惑かけたくないし、いいんです」 自分でも変な話だと思うが、俺はガチでゲイになりかけてる。 現に小川さんにフラれ、めちゃくちゃ凹んでいる。 人を好きになるのは自然な事だから、別にそれでも構わないと思ってるが、色恋沙汰なんて、どのみち俺には縁のない事なんだろう。 「あのな、わざわざ差し入れまでして貰ってよ、俺の気が済まねーわ、な、この後用がなけりゃ、一緒に飯でも食いに行かねーか?」 すると、杉本さんが誘ってきた。 鍼灸院は昼からだし、ちょうど昼前だ。 「あ、はい、俺、車椅子だから迷惑かけるかもしれませんが、よかったら」 車椅子を押して貰ったりするのは悪いが、気分転換に一緒に行ってみたい。 「おお、そんなこたぁ気にするな、へへっ、じゃ行くか」 この人は本当に小川さんとそっくりだ。 いや、見た目は杉本さんの方が怖いから全然違うが、中身はよく似ていて、俺に対して親切にしてくれる。 それからそれぞれの車に乗り、車2台で最寄りのレストランに立ち寄った。 ここはバリアフリーだったが、杉本さんはやっぱり車椅子を押してくれる。 向かい合わせに席に座り、やって来たウエイトレスに注文を伝えた。 杉本さんはステーキセット、俺はオムライスに珈琲。 「あんた実家住みか?」 ウエイトレスが去ったら、杉本さんは少し身を乗り出して俺に聞いてきた。 「はい」 「そうか、仕事はしてるよな?」 「はい、事務職を」 「おお、ちゃんと仕事をして、車にも乗る、立派だな」 「いえ、そうしなければ何も出来ないままになるので、仕方なくです」 「そうか、やる気になっただけ偉いわ」 「そうですか? あんまり褒められたら……なんか照れ臭いです」 「俺な、あんたみたいな体になった人間と話すのは初めてだが、なんか見てるだけで元気を貰えるわ、いや、決して差別とかそんなんじゃねー、純粋にすげーなって思うんだ」 「ははっ……、こんな人間でもお役に立てるなら……嬉しいです」 杉本さんは本音で話をするので好感が持てる。 元気を貰えるだなんて言われると、むしろ、俺の方が励まされた。 「へへっ、なるほどなー、小川の奴、こんな風に話をしてたのか、な、あいつな、本当は嬉しいんだよ、だからな、懲りずにまた面会に行ってやってくれねーか?」 杉本さんは頼んできたが……。 「あ、でも……」 小川さんに会うのは気が引ける。 またあんな風に冷たい態度をとられたら、俺はグサッとくる。 「安心しな、面会ん時は必ず俺が一緒に行く、今は留置場だが、ぼちぼち拘置所に移されるだろう、拘置所も車椅子を押さなきゃならねぇしな、なあ、帰り際にまた飯でも食いに行こうぜ」 けど、そこまで言われたら……断わりにくい。 「わかりました」 いまいち乗り気にはなれなかったが、杉本さんとこんな風に話をするのも悪くない。 俺はまた小川さんに会いに行く事にした。
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