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◇◆◆◇ 小川さんとの関係は、時の経過と共に元の穏やかな雰囲気に戻っていた。 気づけば1年が過ぎていたが、1年は長いようで短い。 杉本さんと関係を持ってから、俺は折を見ては杉本さんと関係を持ち続けていた。 最初は浴室でやっていたが、今はベッドでヤル。 ベッドの方が自由に愛撫できるから、杉本さんは上半身を中心に攻めてきて、しまいにはアナルまで舐め始めた。 「あの、そんなとこ……駄目です」 そんな大胆な事をして貰っても、俺の体は……やるだけ損だ。 「きれーに洗ってる、汚ぇ事はねーよ、なにも感じなくても、俺は感じねーからやんねぇとか、そういうのは嫌なんだ、アナル舐めは男女関係なく、俺はプレイとしてやる、だからあんたにも同じことをしてやってるだけだ」 「あ……、は、はい」 杉本さんは俺の事を健常者と同じように扱っている。 俺の方が……むしろ意識しすぎなんだろうか。 「へへー、勃起させてやる」 杉本さんはSEXをする時、いつも楽しそうだ。 今も玉を舐めてるのが見えるが、ふにゃふにゃの竿を握って扱いている。 俺は下半身から快感を得る事はできないが、杉本さんみたいな人にエロい事をされると……興奮を覚える。 感じなくても、頭の中に感じてるイメージが浮かんできて、自然と声が漏れるのだ。 杉本さんは純粋に楽しんでるだけだと思うが、この人は俺にとっては極道ヘルパー、いや、救いをもたらす天使かもしれない。 「極道天使か……へへっ、意外といいかも」 気分が昂ってつい呟いた。 「ん、天使? 今天使っつったか?」 聞こえたらしい。 「はい」 「なんだそりゃ? あんたキリスト教か?」 「いいえ、満さんの事です」 「はあ? 俺が天使だって言うのか?」 「はい」 ほんと言うと、小川さんも俺にとっては天使なんだが、今は杉本さんだ。 「ちょっ……待て」 杉本さんは玉舐めをやめて、腕をついてバタバタと上に這い上がってきた。 眉間にシワを寄せ、真上からじっと見つめてくる。 「な、そいつは……どういう意味なんだ?」 しかもやたらと真剣に聞いてくる。 「俺にとって、天使みたいな存在って事です」 俺はそのまんま言った。 「マジか?」 杉本さんはキョトンとした顔をしている。 「はい」 「おお~っ! すげーじゃねーか、つーか……天使ってなにすんだ?」 すげーとは言ったが、詳しくは知らないらしい。 「えっと、神の使者で、人間の魂を導いたり、守護したりする存在です、多分……」 実は俺も……そんなに詳しくない。 「そうか守護か……、しっかしよー、天使っつったら、弓矢を持った羽の生えた赤ん坊みてぇなのが浮かんでくるんだが……、俺とは……なんかイメージ違うんじゃねーか?」 「ああ、あれはキューピットかな? そっちは愛とかそーゆーのが担当らしいです、天使はあれとは別物みたいで」 「おお、そうなのか、勉強になったわ、へへっ、天使か~、そんな事言われたのは初めてだ」 杉本さんは感心した後で、満更でもなさそうにニンマリと笑った。 ◇◇◇ それから後も、先の事がわからない状態で半年が過ぎてゆき、遂に小川さんの出所の日がやってきた。 出所の際は、組員が迎えに行くので俺は遠慮させて貰った。 俺が小川さんと会ったのは、出所して数日が過ぎた、夏の暑い昼下がりだ。 杉本さんの部屋に3人で集まる事にした。 ソファーに座らせて貰ったが、杉本さんは俺の隣に、小川さんは向かい側に座った。 「小谷さん、こりゃ土産だ」 小川さんは袋から何かを出してテーブルの上に置いたが、それはよくできた木彫りの仏像だ。 「あ、これを……俺に?」 「ああ、あんたが少しでも楽になるように、願いを込めて作った」 小川さんの心のこもった贈り物……。 ものすごく嬉しい。 「ありがとうございます」 「ふっ、なんだよ、御神体かと思ったのによ」 頭を下げてお礼を言ったら、杉本さんが茶化した。 「まだ言ってるのか、無理に決まってるだろ」 小川さんは呆れ顔で言う。 「はははっ、ああ、まあな……、あのよー、小川、お前に話があるんだが」 杉本さんは笑っていたが、急に笑うのをやめてマジな顔で切り出した。 きっとあの話だ。 3人で付き合うとか、そんな事を上手く言えるんだろうか。 「ん、なんだ?」 小川さんはなにも知らずに聞き返したが、ヤバい……ドキドキしてきた。 「この操なんだが……、実はよ、俺といい仲になっちまって」 緊張感に包まれていると、杉本さんは唐突に俺との事をバラした。 「なにぃ? 杉本、おめぇやっぱり……やりやがったな」 俺は一瞬緊張感が走ったが、小川さんは杉本さんをジロっと睨みつけて言った。 『やっぱり』って言ったから、こうなる事は薄々勘づいていたようだ。 「ちょっ待てよ、誤解するな、無理矢理じゃねー、同意の上だ」 杉本さんは慌てて弁解した。 「同意って、小谷さん、ほんとか?」 小川さんは俺の方へ身を乗り出して聞いてきた。 「はい、俺、そういうの……興味あったんで……、すみません」 誤魔化すつもりはないし、素直に認めた。 「興味って……、あんた、ほんとにそっちに興味あったのか?」 小川さんは意外だと思ったのか、確かめるように聞いてくる。 「な、そんな事よりよ、小川、お前がバイだって事は操に話したからな」 しかし、杉本さんが話に割って入り、何の迷いもなくさらっと俺にバラした事を言った。 「はあ? あのな……、なにバラしてくれてんだよ、まったくよー」 小川さんは眉を顰めて困惑している。 「いや、お前さ、操に惚れてるんだろ?」 なのに、杉本さんはガンガン攻める。 「なに言ってるんだ、不躾に色々言いやがって……」 小川さんは益々困った顔をして口を濁す。 「隠すなよ、マジな話なんだ、男らしく認めろ」 そんな事をズケズケと聞いて大丈夫なのか? 俺はハラハラしっぱなしだった。 「そりゃ……あのな、俺は言った筈だ、俺らとは縁を切った方がいいって」 小川さんは俺が1番気になってる問いには答えず、ため息混じりに言う。 「ああ、わかってる、で?」 「まったく、お前はいっつもそれだ、考えが甘すぎるんだよ、あのなー、破門された奴がどっかにとんずらしたからよかったが、俺らの中には悪い奴もいる、何かあったら事だ、けどよ、杉本、お前が連れてくるから……塀の中の俺にはどうしようもねぇ」 やっぱりそういう事を心配していたようだが、小川さんが見かけによらず繊細な性格なのは真実らしい。 ただ俺は……俺の事をどう思ってるのか、めちゃくちゃ気になる。 「それは大丈夫だ、操は他の奴らには会わせちゃいねぇ」 杉本さんの言った事は本当だ。 俺がこの部屋に来た時、たまに仲間がくる事があったが、杉本さんは俺がいる時は決して仲間を部屋の中に入れようとしなかった。 「ああ、だったらよ、そりゃもういいわ、済んだ事だ、それより小谷さん……、あんたにゃ無駄に金使わせちまって、悪かったな、お陰ですげー助かったぜ」 小川さんは俺に向かって礼を言ってきた。 「いえ、俺……、小川さんと鍼灸院で会うのが楽しかった、だからそのお礼です」 同性に対して恋愛感情を抱いたのは、小川さんが初めてだった。 自分でも何故なのか分からなかったが、小川さんがいたから、ただの鍼治療が今までの何倍も待ち遠しく感じた。 「鍼灸院か……、そうだな、あんときゃ俺も楽しかったが、俺はな、あの後ムショで治療して貰ったわ」 「そうなんだ、鍼ですか?」 「いいや、医者だ、ただのもんは利用しなきゃ損だからな」 刑務所じゃ歯科治療をしてくれると聞いた事があるが、体の不調も医者が治療してくれるらしい。 「医者がみてくれるんですね」 「ああ、ただな、ムショん中は酷くつまらねぇ、そんな中であんたはマメに面会に来てくれた、俺は最初のうち、あんたにつめてぇ態度をとったが、本当の事を言や……嬉しかった、だってよ、車椅子なのにわざわざ通ってきてくれる、そんな奴はいねぇよ」 俺は最初の頃、行かない方がいいんじゃ? と思ったが、杉本さんの言った事は当たっていた。 後押ししてくれたのは杉本さんだが、足繁く通った事が役立っていたなんて、こんなに嬉しい事はない。 「ほらみろ、つーか、俺も一緒だったんだぜ、おい、俺の面を見て嬉しかったか?」 杉本さんがここぞとばかりに言ったが、ニヤついてるし、ふざけているんだろう。 「アホか……、もうな、お前の面は散々見飽きた」 小川さんは吐き捨てるように言った。 「ちっ、つれねぇ奴だな~、まぁーでも、これでお前の気持ちははっきりした、そういう事なら話ははえー、俺はお前と2人して……この操を可愛がろうと思ってるんだ」 杉本さんは舌打ちすると、またしてもさらっと本題に触れた。 「な、なにぃ~?」 小川さんは途端に目をつりあげる。 俺はやっぱ無理なんじゃ? と不安に駆られた。 「いちいち睨むな、あのな、操だって俺とお前、2人共好きだって言ってるし、そこんとこはOKしてる、だったら3人で仲良くやりゃいいじゃねーか」 俺はまだ小川さんの本心を聞いてないのに、杉本さんは俺の事を出して話をどんどん進める。 「3人でって……お前な、小谷さん、そりゃ本当か? 杉本に強要されてんじゃねーのか?」 小川さんは疑うように聞いてくる。 「いえ……、そんなんじゃないです、その……変かもしれませんが、俺はお2人共……好意を持ってます」 杉本さんが強要とか、誤解されちゃマズいし、言いづらいけど……この際、洗いざらい話そうと思った。 「人聞きの悪ぃ事を言うな、操はな、俺の事を天使だって言ったんだ、俺は天使様だぞ、脅すような真似をするわけがねぇ」 杉本さんは天使の話を出して得意げに言ったが、俺はちょっと恥ずかしい……。 「はあ~? お前っ……、頭大丈夫か? どっかで打ってイカレちまったんだろう、なにが天使だ、このスットコドッコイが」 小川さんは呆れ果てた顔をして返したが……。 「な、小谷さん、本当に3人で付き合いてぇのか?」 すぐに俺に聞いてきた。 「はい」 俺はそれでいいと思ってるし、頷くしかない。 「おい杉本、マジかよー、勝手に手を出すわ、バイなのをバラすわ、挙句3人で……かよ」 小川さんは頭を掻きながら、見た事もない位困惑している。 「すみません……、俺、最初は小川さんに惹かれてたんです」 明かすのは勇気がいったが、俺は小川さんの事が好きだ。 というより、好きになったのは小川さんの方が先だったんだし、その気持ちをわかって欲しかった。 「んん、そうなのか? うーん、まぁー、俺がムショに入っちまったからな、俺らは付き合い長ぇ、杉本があんたを介助してるのはわかってた、だからよ、杉本があんたに手ぇ出してもそれを責めるつもりはねぇ」 小川さんはわかってくれたようだが、肝心なところはまだだ。 「それによ、小谷さんは俺と付き合ってたわけじゃねー、俺は……こんな事ぁ小っ恥ずかしくて言いたかねぇが、小谷さん、あんたに好意を持ってた、単なる好意じゃねぇ、個人的にだ、ただ……、3人で付き合うっつってもな」 やっと大事なとこが聞けた。 小川さんは俺に特別な感情を抱いてくれていた……。 それだけで心が舞い上がったが、小川さんは3人で付き合う事に難色を示す。 「なあ小川、もし操が女なら……俺はこんなこたぁ言わねーし、手を出したりしねぇ、けど、俺らは男同士だぜ、別に支障はねーと思うがな」 杉本さんは俺に言ったのと似たような事を言った。 「うーん……、そうだな~、あんまし気は乗らねーが、わかったよ、小谷さんは介助が必要だ、2人いた方が何かと助かるだろう」 小川さんは迷っているようだったが、俺の体の事を考えて承諾してくれた。 「よっしゃ、決まりだ、へへー」 杉本さんはガッツポーズをした。 俺も嬉しかったが、実際3人で付き合うって……どんな感じになるのか。 そこんとこはやや不安が残っていた。 「それじゃあ、これからは俺も小谷さんを名前で呼ぶわ、操、あんたは春樹って呼んでくれ」 だけど、小川さんは気を取り直したように言ってくる。 「はい、わかりました」 今この瞬間、俺はこの2人と同時に付き合う事になった。 多少の不安はあるものの、俺にとっては、2人共、超心強い極道ヘルパー兼天使だ。
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