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◇◆◆◇ 3人で付き合う事になっても、俺の日常は変わらない。 そう思っていたが、この日、仕事帰りに会社の駐車場に見知らぬ車が止まっている。 気になるが、ジロジロ見たら悪い。 素知らぬふりをして自分の車に向かった。 すると、その車から人が降りてきた。 なんか嫌だな~と思っていると、こっちに歩いてくる。 変な人に関わりたくないし、車椅子のスピードをあげた。 「操、俺だ」 「えっ?」 聞きなれた声に目を向ければ……小川さんだったが、車が違うから知らない人だと思った。 「あ、あの……」 会社まで来られると、ちょっとマズいんだが……。 「待ってたんだ、な、ちょいと付き合え」 いきなり誘ってくる。 ちょっとびっくりしたが、断わる理由はない。 「あ、はい……」 「2台で行こう、美味いラーメン屋があるんだ、車椅子は押すからよ、段差があっても心配するな」 「わかりました」 小川さんに誘われるなんて、本当なら飛び上がる程嬉しい筈なのに、小川さんは一見してその筋の人に見えるし、会社の人に見られたらマズい。 ハラハラしながら即OKしたら、小川さんは車の方へ戻って行った。 そのまますぐに車に乗ったが、車に乗れば中までは見えないから安心だ。 ホッとして、俺は急いで車椅子から車に乗り換えた。 車に乗ったら、小川さんの車がスーッと傍にやってきた。 「おう、俺が先に行くわ、ついて来い」 窓を開けて言ってきた。 「はい」 その時、たまたま駐車場にやって来た係長がこっちを見ていたが、まぁ大丈夫だろう。 兎に角、ついて行かなきゃ置いていかれる。 ハンドルを握って手でアクセルを踏んだ。 ラーメン屋に着いたら、小川さんは先に車をとめて乗り換えを手伝ってくれた。 「すみません」 「ああ、構わねーよ、手伝った方がはえーからな」 車椅子を押して貰って店に入った。 カウンターとテーブル席があるが、あんまり大きな店じゃない。 壁際のテーブル席に行き、小川さんが椅子を退かし、代わりに車椅子をテーブルの前につけてくれた。 「すみません……」 俺はいつも『すみません』ばかり言ってるが、親ならいざ知らず、他人の場合は心苦しく思うので、どうしてもそうなる。 「いいんだよ、あんたは俺に会いにきてくれた、毎回金を届けてくれるもんだから、中で困る事がなかった、受けた恩は返すのが当たり前だ」 小川さんは面会の事を口にする。 「いえ、お役に立ててよかったです」 笑顔で答えたら、店員が注文を聞きにやって来たので、小川さんはチャーシュー麺、俺は普通のラーメンを頼んだ。 「にしても、杉本の奴……、なあ、この後俺のマンションにこねーか?」 店員が立ち去ると、小川さんは杉本さんの事に触れ、何か言いたげな顔をして俺に言ってくる。 「はい、是非」 小川さんの部屋には行った事がない。 行ってみたいに決まっている。 「じゃ、まぁー、あいつの事はそん時に話そう」 「はい……」 話って一体なんだろう。 気になるが、小川さんの部屋に行くのはすげー楽しみだ。 注文の品が運ばれてきて食べたが、小川さんがオススメするだけはあって、凄く美味しいラーメンだった。 食べ終わったら、車椅子を押して貰って店を出たが、小川さんは奢りだと言って金を払ってくれた。 お礼を言ったら、『なもん、あんたがくれた金に比べりゃ屁みたいなもんだぜ、なははっ』と笑って、また乗り換えを手伝ってくれる。 車に乗ったら先導して貰い、小川さんのマンションを目指した。 小川さんのマンションはアパートって感じだったが、2階建てだったので車椅子の俺は焦った。 だけど、よく見てみたら洒落たデザインの建物で、一階と2階が繋がっている。 という事は、1階と2階で1世帯分って事だろう。 玄関も隣人と鉢合わせしないような作りになっている。 「あの、なんか変わった作りですね」 駐車場に車をとめ、小川さんに乗り換えを手伝って貰ったが、車椅子を押して貰いながら、聞いてみた。 「ああ、こりゃうちがたまたま手に入れた物件で、デザイナーズマンションってやつだ」 「そうなんだ」 石丸組は不動産もやってるらしい。 「親父がな、俺がムショに入った事で諍いが丸くおさまったと言って、出所後にここへ入れと言ってくれたんだ」 「あ、そうなんですか」 過去に杉本さんがチラッと話していたが、組に貢献した褒美なんだろう。 玄関は段差があったので、小川さんが車椅子ごと抱えるようにして、部屋に上がらせて貰った。 体つきからしてもう分かっちゃいたが、小川さんも力持ちだ。 仕事帰りだから、とっくに日が落ちている。 小川さんが部屋の電気をつけたので、俺は部屋の中を見回した。 あれ? なんかイメージと違う。 杉本さんちはいかにもその筋の人の部屋って感じだったが、この部屋はパステルカラーのカーテンに、同じくパステルカラーの家具、ソファーやテーブルはターコイズブルーだ。 「へえ、なんだか優しい雰囲気の部屋ですね」 男の部屋って地味な部屋が多いし、掃除をきちんとやらないから家具や棚は埃をかぶっていたりするが、家具の上はピカピカできちんと掃除されている。 小川さんは綺麗好きなようだ。 「そうか? 自分じゃよく分からねーんだ、家具とか選ぶ時に、気に入ったやつを適当に選ぶからな」 適当に選んでるわりには、全体的に色合いが統一されている。 きっと淡い色合いが好きだから、自然にそうなるんだろう。 それに、ここには代紋は飾ってない。 「まぁ、座ってくれ、って言っても……抱えるわ」 「あ、すみません……」 「よし、体と足を持って……首に掴まってな」 「はい、わ……」 抱きかかえられ、思いっ切り密着したので、めちゃくちゃドキドキした。 杉本さんにもドキドキしたが、小川さんはそれよりももっとドキドキする。 「隣に座るわ、やっぱ足に力が入らねーと、万一倒れたりしたらマズいからな」 ちゃんと説明して隣に座ってきたが、そういうところが人柄を感じさせる。 俺は杉本さんと小川さんが似てると思っていたが、徐々に2人の違いがわかってきた。 「って……、なんか飲みもん出さなきゃな」 「いえ、そんな気を使わないでください」 そんなに喉は渇いてないし、気を使わせちゃ悪い。 「そうはいかねぇ、な、背もたれに寄りかかってろ、外は夜になってもあちぃが、エアコンきいてるし、あったけぇもんがいいか、ほら、つめてぇもんは内臓を冷やすからな」 けれど、凄く細かいところまで気を回してくれる。 「あ、はい、じゃあ……すみません」 そこまで仰るなら、頂かなきゃ逆に悪い。 「よし、じゃ、待ってな、ソファーから落ちるなよ」 しかも、やたら心配してくれる。 「あ、大丈夫です」 何だかクスッときた。 喧嘩っぱやい人だとガサツなイメージがあるが、全然違う。 むしろ神経質というか、小川さんはやっぱり繊細だ。 「ほら、あったけぇやついれたぜ、ココアだ」 小川さんがマグカップを2つ持って戻ってきた。 「あっ、すみません」 「へへっ、俺な、ココアが好きなんだ」 カップをテーブルに置き、隣に座って言ったが……。 「え、そうなんだ」 またイメージと違う。 「外じゃカッコつけて珈琲を飲んでるが、家にはココアが置いてある」 「そっか……、別にいんじゃないですか?」 「そう思うか?」 「はい」 「昔話になるが、俺は意地で高校だけはギリ出たが、家ん中は荒れててよ、だから、よくひとりでココアを飲んでたんだ」 「そうですか……」 荒れてたって、なんだか悲しい話だ。 「操、あんたは両親普通なんだろ?」 「あ、ええ、俺がこんな体になって、普通に結婚できなくなったから、そこは悪い事したなーって」 俺の親は孫の顔を見る事ができない。 「そうか、そりゃ欲をいやキリがねー、俺は別だが、まともな親なら我が子が1番な筈だ、生きてるだけで儲けもんだと思わなきゃな」 確かに……小川さんの言う通りだ。 俺の両親、特にお袋は『あんたが元気でいてくれるだけでいいのよ』ってよく言ってくれる。 「そうですね、お袋は俺がまた事故をしないか、やたら心配してきます」 「そうか、ま、俺だってよ、あんたが生きてるから、こうして出会えたんだしな」 小川さんはスっと後ろに手を回し、俺の肩を抱いて言った。 「ですね……」 大きな手でしっかりと抱かれると、何とも言えない心地良さを覚える。 「なあ、で、杉本の奴だが……、やっぱ最後までやっちまったのか?」 急に話を杉本さんに振ってきたが、何か言いたげにしていたのは、やっぱりその話について聞きたかったんだろう。 「あの……、はい」 「いつだ? わざわざ会ってたのか?」 「いえ、刑務所に面会に行った後です」 「なにぃ~、あの野郎~、俺に会った後でちゃっかりやってやがったのか」 小川さんは顔を顰めて言ったが、杉本さんが悪いわけじゃない。 「すみません……、誘われてOKしたのは俺です」 「おお、それもちょい気になってたんだが……、あんたにもういっぺん聞いておきたい、本当に2人共好きなのか?」 念には念を入れて……だろうか、小川さんは真剣な表情で聞いてくる。 上手く説明できるか自信はないが、兎に角、素直な気持ちを話そう。 「俺は……自分でもおかしな事になったって思ってます、初めのうちは、同性を好きになることに戸惑ってました、でもやっぱり好きだって思って、春樹さんにバレたら嫌われるって思ったんです、そうするうちに満さんが誘ってきて、春樹さんがバイだって聞きました、だったら遠慮する事はなかったんだって思ったけど、満さんも凄い親切にしてくれて……、だから俺、今はお2人共好きです」 「そうか……、俺はな、あんたの事はパッと見た時からタイプだと思った、でもよー、強引に迫るような真似はしたくねぇし、俺はムショに入るような人間だ、あんたの事が心配だった、そしたら杉本がしゃしゃり出てきた、だからよ、奴が手を出すんじゃねぇかと思ったんだが、奴があんたについてるうちは安心だ、背に腹はかえられねぇ、杉本はガンガン攻めるタイプだからな、油断も隙もねぇが、あんたが3人でいいっていうなら、俺はそれでかまわねー、な、操、俺は今日そこら辺をハッキリさせたかった、それでいいか?」 小川さんは既に3人で付き合う事を認めているが、きっちりと確かめなきゃ気が済まないらしい。 「はい、勿論です、あのー春樹さん、こんな俺ですが、これからもよろしくお願いします」 俺はこれからも2人に世話になるだろう。 改めて頭を下げて頼んだ。 「おお、こちらこそだ、そのーいきなりで言いにくいが……、キスしてぇ、していいか?」 小川さんは遠慮がちに聞いてくる。 つくづく優しい人だ。 俺はそういうのを期待してこの部屋にやって来た。 当たり前にいいに決まっている。 「はい、どうぞ」 なんか変な言い方だが、そう言うしかない。 「そうか……、へっ、なんかよ、小っ恥ずかしいな」 小川さんは照れたように笑い、やんわりと俺を抱いて唇を重ねてきた。 でも、本当に恐る恐るそーっと触れるようなキスだ。 第一印象からどんどんかけ離れていく。 俺は体に触れても全然OKなのに、キスオンリーだ。 なんだか焦れったくなってきた。 杉本さんとやってるせいかもしれないが、我慢できなくなって自分から舌を入れた。 「あ……、ははっ、積極的だな」 小川さんはキスをやめて困ったように笑う。 だけど俺は……この機会にたっての願いを叶えたい。 「俺……、あなたに抱かれたい」 思い切って言ってみた。 「えっ……」 小川さんはびっくりして固まったが、杉本さんと同じように経験豊富な筈だ。 「俺は構いません、またお世話をかける事になりますが、シャワ浣とかやって貰ったらできます」 こんな体だからって、俺に気を使う必要はない。 「いやいや、ちょい待て……、杉本の奴はやったんだろうが、ほんとに大丈夫なのか?」 小川さんは心配そうに聞いてくる。 「下半身の感覚はないけど、イチジク浣腸持ってます」 最近じゃ排泄セットと共に携帯するようになった。 「操、あんた……、そんなもんを持ってんのか?」 なのに、小川さんは唖然として肩から手を離した。 「はい、駄目……ですか?」 「いや……、俺だってな、本音をいや、あんたを抱きてぇ」 だったら、迷う事はない。 「じゃあ、どうぞ」 「あのな、あっさりし過ぎだろ、こりゃ……杉本に相当慣らされちまったな、あのな、俺は奴とは違う、衝動に任せてヤルのは嫌なんだ、今日はラーメンを食いに行こうって誘ったが、ヤルつもりはなかった、だから……ヤルんだったら日を改めてやりてぇ」 小川さんはノリでヤルのは嫌なようだ。 「そうですか……」 杉本さんとは違うって事はよくわかったが、ちょっとガッカリした。 「なあ操、俺は惚れた相手は大事にしてぇ、ムショにいた1年半、俺はあんたに助けられた、だからよ、俺の中じゃあんたは特別な人間なんだ」 「俺が……ですか?」 特別な人間……。 「ああ、嘘じゃねぇ、そうだなー、だったらよ、休みの日にしよう、金曜だ、そん時にゆっくりやろう」 小川さんは俺が休みの日にヤルと言った。 真剣に俺との事を考えてくれてるらしい。 「わかりました、あの……、わがまま言ってすみません」 思いつきで我儘を言って悪かった。 「いーや、へへっ……、抱いてくれだとか、嬉しい事を言ってくれるじゃねーか」 小川さんは再び俺の肩を抱いて笑顔を見せる。 ムショから出て間もないし、突っ込んだ事を言えば、欲求だって溜まってるだろう。 なのに、こんなにもストイックになれるヤクザはいるんだろうか? 多分、いないと思う。 無性に……甘えたくなった。 「じゃあ、代わりに……くっつきます」 肩に寄りかかって小川さんの体を抱いた。 「ああ、いくらでもくっつけ、誰かとくっつくのは久しぶりだ、人の温もりをじかに感じるってのは、いいもんだな」 すると、しみじみと語ってマグカップを手に取り、美味そうにココアを飲む。 「ですね……」 杉本さんには悪いが……。 この人の傍にいるだけで、心があったかくなるから不思議だ。
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