オンナ・ともだち

題名
『オンナともだち』

　彼女は職場が同じで仕事以外ではほとんど話さなかった。
　ある夜、送別会で隣の席に座ったことがあって、お酒のせいもあったのか会話が盛り上がった。
　それから時々、二人でお酒を飲むようになった。
　彼女は明るい陽気なキャラに映っていたけど、彼氏が働いては「オレに合わない」と言って仕事を辞めることに振り回されて悩んでいた。だけど本気で彼氏を愛しているみたいで、結婚も考えていたようだった。

　僕は老け顔ではしゃげない陰キャラで、気が弱くて人の話も止められないまま最後まで真剣に聞いてしまうクセがあったんだ。
　それに友達も少なくて口は固いのも知っている彼女は話しやすいと思ったんだろう。

　それからも定期的に二人で仕事帰りにお酒を飲んだ。
　彼女の話しはいつも彼氏の愚痴だ。それを言うために誘っているんだと思ってた。彼女の女友達は仕事関連の人しか会える人はいないらしく、仕事が絡む人とはなんとなく幸せな女性を演じてしまうから本音が話せないと言っていた。
　ふと思った。
　僕はどんなポジションなんだろうって。
　ただの同僚なのはわかっているけど、やっぱり異性だと僕は少しは意識してしまうのに、彼女は全然まったく平気なようで、そんなに僕には異性を感じないのかと思うと傷つく心もあった。
　仕事の関係者に会ってるところを見られたり、彼氏に知られたら大丈夫なのかも心配だったが、それを話したら彼女に笑われてしまった。彼女いわく全然大丈夫なのだそうだ。笑
　ある、どしゃぶりの真夜中に急に彼女から呼び出しの電話があった。
　正直、深夜に駆けつける付き合いでもないと思ったけれど、胸騒ぎがして車を走らせた。
　指定の場所に近づくとパトカーと人だかりがあった。
　高いビルから誰かが飛び降りたようだと噂する声を、彼女に会うまえに聞いてしまった。
　車を停めて、現場らしき場所の方へ傘をさしてゆっくり歩いて近づくと、遠くに彼女のお気に入りの暖色のコートを見つけた。
　その時ゆっくり雨は止んでいった。

　雨上がり。
　傘をどうしようか迷う。
　雨がやんでいるのに傘を差し続けていて、カッコ悪いけれどその傘を畳むことが出来なかった。

　彼女は魂の抜けた人形のようだった。
　泣くわけでもなく、冷静だったけれど、僕を見つけた途端に泣き出した。
　二日前、また彼氏と喧嘩をして、どうもその時に僕の存在を話したそうだ。彼女が僕をどんなふうに話したのか、彼氏がどう受け止めたのかは僕には詳しく話してくれなかった。
　そのあと部屋から出ていった彼氏は帰らなくなったそうだ。スマホも電源が切られ連絡が取れなくなっていたらしい。
　彼女が警察の事情聴取を終えて、自宅へ帰るために僕の車に乗ったときに彼女がぽつりと言ったんだ。
「さっきは泣いたけど、実は悲しくないんだよね。んー、ホッとしてるのかもしれない。あなたには言わなかったけれど暴力も振るわれていたしね。でもあいつは苦しんで死んだのに、あいつのために泣いてあげられないなんて薄情だよね。私って怖い女かもね。」
　そう言って笑う彼女に、僕は何も言えなかった。
　自宅まで送った別れ際、辺りはもう薄明かるい朝になっていた。
「ごめんね、無理に呼んで。有り難う。」
　彼女がそう言い残してアパートの階段を上がろうとしたとき、思わず腕をつかんでしまった。
「本当に大丈夫？」
「う、ん。」
　そう言いながら泣いていた。
　すがってきたから抱きしめた。

　彼女…、いや、君の目を見つめると、真剣にまっすぐに見つめると、はっきりと答えがわかった。
　僕は君に恋してる。
　ずっとまえから恋してた。

　きっと、
　君も僕に、
　そんな、
　気がした。
　二人の物語は険しくて困難で長いかもしれない。でも僕はあきらめたくないと思っている。