3人が本棚に入れています
本棚に追加
お正月
「薩摩」は年末の夜中、元旦から3日までのお昼は特別にかつ丼を出す。
徒歩3分の郵便局の人の為に5人前ずつ作ることになっている。
何年前からだろう。でも、メニューはかつ丼一択である。そこは母も譲らなかった。色々作るのはお休みなのに面倒である。
かつ丼であれば、順に揚げて盛ったご飯の上に乗せればよいのだから。時間も決まっているのでその時間には5人分全てが丁度出来上がるように作るのだ。
お正月の年賀状を届けたい郵便局の人たちが食事をとれるように。
お正月には近所の食堂は軒並みお休みになってしまうから。それに寒い長野県の夜なので、お弁当を持ってきてもみんな冷たくなってしまう。
「薩摩」は年末の夜中はお年越で家族全員がいつもご飯を食べる一階の洋品店の4畳半のお座敷から移動して、母の営業する広い「薩摩」に来てお年越をする。お店は勿論お休みだ。
家族で上がり框の6畳でテレビを見ながら夜更かしをするのだ。
そんな中、夜の11時半に郵便局の人たちがやってくる。
年賀状の仕分けをする人たちだ。
夕ご飯のずっと前から作業をしているこの人たちは朝まで作業をして帰っていく。
その人たちのお夜食にかつ丼を出すのだ。
いつもは上がり框で食べるその人たちには、申し訳ないけれど、その日の夜はカウンターで食べてもらう。
「薩摩」はラーメンも美味しいけれど、かつ丼も美味しいと評判だった。
東京ではかつ丼と言うと卵とじのカツ煮が出てくるが、私の実家のあたりだと、それは残り物料理だった。
揚げたてのカツはソースで頂く。
「薩摩」のかつ丼は丼にご飯を7分目くらいきつめに盛り、その上に千切りのキャベツを乗せ、その上に熱々のカツを切って乗せる。そして、母が作ったソースをかけて蓋をして少し蒸したところを食べるのだ。
キャベツが程よく蒸され、少し柔らかくなった所でソースカツと一緒に食べる。カツは普通のロースカツ。1枚150gほどの物を使う。
ソースは浸すのではなくかけるのだ。
ご飯も一緒に崩しながら熱々のご飯とカツで蒸されたキャベツとカツを一緒に食べるととても美味しいのだ。
お客さんは自分でキャベツを蒸らす時間を調整して蓋を開ける。
田舎の小さな郵便局だけれど、年賀状を遅れずに届けたいという思いの元、働いている人たちにささやかながらのお手伝いをするのだ。
それは元日のお昼にも続く。
「薩摩」は元日は元々私の父が教えている高校の卓球部のOB会があるのでお店は休みだけれど、宴会をしている。
元日のお昼は夜のお仕事の人たちとはまた違う5人がやってくる。朝から年賀状を配達して、お昼を食べてまた配達に出るのだ。
この人たちもその日に来ている年賀状を遅れずに届けたいという思いで寒い長野の新年を走り回る。
お昼に暖かいカツ丼と母の作った味噌汁を飲んでまた午後の年賀状を届けに出かける。
12時丁度の約束なので、きっちり12時丁度に5人前のかつ丼を作る。
私と姉は卓球部のOB会の宴会を手伝わされていたので、間に合わない時にはカツ丼のカツを切るのを手伝わされる。熱々に上がったカツはしっかりは抑えられないのでそっと指先で抑え、よく切れる包丁でザクザクとカツを6等分に切る。
包丁を使ってキャベツを敷いた上にバランスよく乗せて、母特製のソースをかけ蓋を閉める。
1月2日は年賀状の配達はお休みなのだが、仕分けの為に郵便局員は交代で郵便局に来ている。2日と3日は最後の年賀状の配達だ。
その後は通常業務に入って、他の郵便局員も来るようになるので、特別に5人だけ。という訳ではない。
「薩摩」はお休みだけれど、母はお昼だけ郵便局の人の為にシャッターを半分だけ開けて、カツ丼を作る。
独身の人などは、カツ丼を食べたくて、お正月の三が日の年賀状配達を希望する人もいたというのだから、カツ丼の威力は結構なものだったのだと思う。
最初のコメントを投稿しよう!