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財布発見の報告
「え、フェリくんが拾ってくれてたの?」
ミリキアは部屋中に響く大声を出した。机がかすかに音を立て、ピンク色のカーテンが揺れ、手に持ったスマートフォンの画面が割れそうになった。
「ああ。緑色のやつだろ? お前の席に置いてあった」
「よかった~……」
ミリキアはため息をついた。
「じゃあさ、フェリくん。明日、リルウちゃんと遊ぶ約束をしてるんだけど、行きがけに取りに行ってもいい?」
「いい、けど――」
フェリは画面の外で、表情を曇らせている。先行きの見通せない土砂降りの雨が、彼の脳裏を完全に支配した。
「今すぐ取りに来なよ」
「え、なんで? 明日でもいいでしょ?」
「お前、明日待ち合わせたって遅刻するだろ。そうなると、リルウとの待ち合わせにも間に合わなくなって、慌てふためいて……」
ミリキアは、とにかく待ち合わせが苦手なのだ。
何時にここへ集合、とどれだけ口酸っぱく言いつけても、当日は必ず遅刻するのだ。
それから遅刻したことを自覚すると、途端に彼女は取り乱してしまう。
とにかく早く着かなきゃ! とあっちへ行ったりこっちへ遠ざかったりし、約束の場所とは見当違いの方向に駆け出していく。さながら、軌道を外れた人工衛星のようである。
「だ、大丈夫だもん! 今日こそは早く寝て、寝坊ナシでフェリくんのお家に行くんだから!」
「……何回も聞いたよ、それは」
「へ、平気だってば! 信じてよ!」
「……何度信じたことか」
「ひどーい! あたしたち、お友達じゃなかったの?」
「……」
フェリはしばらく黙って、お友達という音声を、何度も脳内で再生した。
アフリカ人で、英語しか話せない母を持ち、肌の色やコミュニケーションの場面で散々けなされながら過ごしてきた幼少期は、ナウス国際高校に入った今でも暗い影を落としている。
ミリキアやリルウは、そういった恐怖を和らげてくれる存在だった。家の外にも楽園があることを、同い年でまったく違う見た目の人間が教えてくれた。
それを見限ることなど、彼にはできなかった。
「……分かったよ。じゃあ明日の10時に、俺の家においで。そこで財布、渡してやるから」
「やったー! ありがとー、フェリくん!」
ミリキアは朗らかな声を上げたと思いきや、すぐに通話を切った。
フェリは窓の外の、夜のとばりを眺めた。
周囲の住宅を見回したが、今日は明かりをつけているところが少ない。
ここから1歩でも外へ出歩くと、何もない無の世界に入り込んでしまいそうで、気分が悪くなった。
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