家じゃ間に合わない!

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家じゃ間に合わない!

 のんびりと太陽が昇り、気だるい朝になった。  そのままズルズルと日は高くなっていき、ナウス町はなんとなく昼を迎えようとしていた。  家でLINE通話の着信を受けたとき、フェリはため息をついた。  面倒な事をはね除けるようにして、通話マークを指でスライドさせる。 「もしもし」  聞こえてきたのは、耳がちぎれそうなくらいに叫ぶ声だった。 「フェリくん、ごめーん!!」  フェリは再びため息をついた。 「……昨日言った通りじゃんか」 「だってだって! 『今日は絶対遅刻できないぞー!』と思って、ゆうべ全然寝られなかったんだもーん!!」 「……ああ、そうか」  その健気な姿勢はクラスメイトの男子たちから大好評で、教室の隅では噂話が絶えず囁かれている。  だが、同性だったりフェリやリルウのように付き合いが長かったりすると、懸命な彼女の態度がひどくうんざりさせられるものに変わってしまうのだ。 「……とりあえず、家においで」  これで事が済む、とフェリは認識していた。だが、ミリキアはこう言った。 「それがね、待ち合わせまで時間がなくって。駅に12時に行かなきゃいけないんだけど、フェリくんのお家に寄る時間、あるかなぁ?」  フェリが眉をひそめて時計を見ると、11時45分を指していた。ミリキアの家への所要時間は約10分、そしてここからの最寄りとなるナウス町駅まで約10分かかる。 「……ないかもな」 「でしょ? そうでしょ? だからさ、悪いんだけど、駅までお財布を持ってきてほしいの。あたし、『今日までに絶対お財布見つけて、遊びにいくから!』って言ってあるからさぁ。ね? 大丈夫?」 「……ああ。分かった」  フェリは向こうの慌てようを受けてすっかり気が遠くなり、声のトーンが1オクターブほど下がったまま通話を終えた。  のんびりできたはずの休日に、ミリキアの起こした失態によって、外出する羽目になってしまった。  もしも、クラスメイトの男子たちが巻き込まれたとしたら、おそらく胸を躍らせて、服装や髪型の手入れをいつも以上にこなすだろう。  だが、そのに慣れてしまったフェリは、諦めのイメージが焼き付いていた。呆れつつも、長い付き合いだから……と思い腰を上げて助け舟を出す。  そんな、心を揺さぶられる日常を楽しむ自分がどこかにいることも、フェリは何となく認識していた。  その思いこそ、の証なのだと思われた。それをフイにするくらいなら、どうしようもない持ち主のもとへ、この哀れな財布を返してあげてやりたい。  そして、どうしようもないミリキアの笑顔を見てみたい。  フェリは気づけば、着流しのハンテンのまま、ミリキアの財布を懐に入れて下駄を履いていた。  ただ、なんとなくつま先を前に向けたくなくて、足の指は力が入っていて折りたたまれている。
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