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ナウス町駅へ
フェリは早歩きで、駅へ向かった。懐の中の財布が、ジャラジャラと小銭の音をせわしく鳴らしている。
今日は相当楽しみにしていたんだな、とフェリはミリキアを思いやって、前方に広がる青空を眺めた。
白い雲が右端のほうに薄くかかって、心地よい日差しをもたらす太陽が左側で燦々と輝きづつけている。
その景色の中に、古いコンクリートでできたJRの高架橋が横切っている。
幹線道路はクロスするように前方へと続いているが、これは首都圏に通じる国道へ行くためのものであり、ナウス町駅へのアクセスとしては迂回ルートとなる。
したがって徒歩で駅へ向かう場合は、高架橋に沿って続く狭い道を進んだほうが近道となる。
普段ならここまで来るのに5分かかるが、現時点では3分しかかかっていない。少し安心しながら、フェリは高架橋に沿って歩いた。
片側一車線しかない道路ではあるが、信号がやけに多い。有識者の見解では、100メートル歩く間に、横断歩道と青赤の信号機が6つ置かれている計算になるらしい。
車もあまり通らないのに、なぜここまで歩行者を制限したがるのか。フェリをはじめ町の人々は長らく疑問を抱えている。
中には、公共事業や役所仕事とはこの程度なのか、と諦める人もいる。
だが、今日のフェリは非常に運が良かった。横断歩道に差しかかるたびに、赤だった信号が青に変わり、足を止める手間が省けた。
さらに、急な車の横断などもなく、通り過ぎる電車と遠くを走る車の音以外には、ほとんど邪魔者がいなかったのだ。
ミリキアのせいで強いられた外出が、手短に終えられようとしている。
フェリは歩くたびに呼吸が落ち着いていき、まるで、家でゆっくり過ごしているかのような安心感の湯舟に、肩まで浸っていた。
やがて、遠回りをしてきた幹線道路と交わると、目の前はもう駅のロータリーだった。休日の昼間という時間帯のせいか、バスやタクシーもあまり駐まっていない。
大好きな読書をするには、絶好の環境である。本を読みたいな……と軽くなったフェリの心は欲を張った。
物静かな歩道をぐるりと回り、駅へと続くエスカレーターに乗った。ビニールハウスのような丸いガラスに覆われた天井を見上げながら、ふぅ……とため息をつく。
その中に苦しい気持ちは一切ない。純度100パーセントの清々しさで生成されたものだ。
上の階までのぼりきると、左手に改札がある。天井から吊り下がっている電光掲示板には、5分に1本の感覚で各駅停車や快速が上下線ともに3本ずつ表示されていた。
フェリは向かいにあるこぢんまりとしたコンビニエンスストアの前に立ち、スマートフォンを取り出した。
ミリキアとのチャットページに《着いたよ》と送信した。約束の12時までには、あと7分ほどある。
今までの自分がツイていたことがかえって、相手の到着を長く待つことに繋がってしまった。だがその苦痛は、もはや体中を包みこんでいる柔らかい安堵感のおかげで、すっかり許容されてしまった。
もはや、黒人差別を受けたとしても何も思わないくらい、フェリは安定と幸福感に身を預けていた。
そんな中、ミリキアから電話の着信があった。
「フェリくん、もう着いたの? 何号車のところにいるの?」
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