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駅に間に合わない!?
「何だい? 何号車って」
困惑するフェリを物ともせず、ミリキアはこう答える。
「今、東ナウス駅から電車に乗ってるの。だから、フェリくんは何号車で待ってるのかなー、って思って」
「……東ナウス駅って、随分遠回りしてないか?」
「だって、急いでたんだもん!」
フェリはますます混乱した。
「急いでるなら、最寄りのナウス町駅に来ればいいじゃんか。なんでわざわざ隣の駅まで行くんだよ?」
「だってだって、慌ててお家を出たから、どっちに行けばナウス町駅に行けるのか分かんなくて、とりあえず、ダーって駆けだしたの!」
「……それで、着いたのが東ナウス駅だったってことか?」
「そう! そうなの! だから、駅のホームで待っててほしいから、『何号車?』って聞いたの!!」
ミリキアの大きな声の裏で、加速を促すモーターの音や、線路と車輪の噛み合うジョイント音がけたたましく響いている。
「ミリキア……とりあえず、電車の中で通話するのはやめようぜ」
「あ、そうだね! マナー違反だよね!!」
ミリキアはハッと我に返ったその声を最後に、音声をブツ切りにした。
フェリは慌てふためくミリキアの姿を想像して、ため息をこぼした。こぼしたというよりは、深呼吸のように意図的に排出された、と表していいかもしれない。
そして数秒後、チャット画面にテキストが提示された。
《ふぇりくんは改札の外にいるのん》
フェリはこの文面の《のん》という語尾が気になった。
小学生の頃からの付き合いになるが、ミリキアからこういったしゃべり方をされたことはなく、フェリは返信をためらった。
画面にはすぐに、
《↑いるの?》
というメッセージが現れた。
どうやら、「?」と打つのに失敗しただけだとフェリは納得し、
《そりゃそうだよ。なにせ、ナウス町駅に直接来ると思ってたからね》
と、一文字ずつ丁寧にフリックしながら、チャットを打ち込んだ。
《そうだよね》
《フェリくんは改札入らないとだよね》
《ごめんね》
《リルウにも一言謝ってやりなよ》
《でも、お財布のことがバレちゃう……》
《いけないのか?》
《リルウちゃんとの約束で、あたしが今日遅刻したら罰としてジュースおごることになってるの》
イタズラや罰ゲームの大好きなリルウならやりかねないな、とフェリは目を閉じて、ため息をついた。
《じゃあ諦めなきゃだな》
スマートフォンの左端を見ると、11時58分を示していた。
《でもあたしお財布持ってないからおごれない》
《お》
《じゃあいいのか》
《ダメだよ!》
《お出かけできないもん》
《じゃあなんで電車乗れてるんだ?》
《Suicaは持ってたの!》
フェリはため息をつくのと同時に、画面から目を離して、首から上の姿勢を整えた。このままやり取りを続けていると、気が狂いそうな予感がしたのだ。
顔を上げて、改札の向こうの電光掲示板を見た。
11時59分発の各駅停車新松戸行きが表示から消え、12時4分発の快速南船橋行きが一番上に表示された。
ミリキアはおそらく、この電車に乗ってくるんだろうな、とフェリは考えて混乱する脳内を整理した。
そして深く一息をついてから、画面に文字を打ち込んだ。
《どうすりゃいいんだ?》
《財布を渡してもリルウにジュースを奢らされて、渡さなくてもお出かけが中止になるんだろ?》
《だから、リルウちゃんにバレないように、あたしにお財布を持ってきてほしいの》
《改札の前だとリルウちゃんに見つかっちゃうかもだから、ホームまで来てくれない?》
整然とした回答が返ってきたのはこちらが冷静になったからなのか、とフェリは想像した。その考え自体は理にかなっていないが、なんとなくそんな気がした。
《でも、遅刻は確定なんだろ?》
《駅のどこにいるか分かんない! って言えば遅れても許してくれると思う》
フェリは続けて、
《俺、財布持ってないんだが》
と入力した。
《あたしの小銭使っていいよ!》
《いいのか?》
《全然平気!》
《とにかくとにかくホームまで来て!!》
《よろしく!!!》
ちなみに駅構内への入場券の値段は、自動販売機の飲み物とだいたい同じくらいである。つまり、彼女はお金を払う相手をフェリに変更しただけ、ということになる。
フェリには、これが賢明な判断とは思えなかった。
だが、体はすでに財布から小銭を抜き取り、入場券を使って改札をくぐり抜け、正面に広がるホームへと急いでいた。
それはひとえに、大事なお友達を助けるために他ならなかった。
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