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見るからに家政婦といった印象の中年女性だった。髪を後ろに束ねて清潔にする辺り、それから、和服のうえに割烹着を着て、風呂敷を手に持っている辺りが。年は若く見えるが五十代か六十代だろうか。フネさんを実写化したらこんな感じ。
なかなか令和のご時世で見かけることのない風情のある女性だ。ノスタルジック。最近見た昭和の戦争映画を思い起こさせる。
「いえ、直接には」と正直に答えた。あたしは立ち上がり、「それでも、……七條明先生の偉大さを感じて。命日が間もなくですし……ふと思い立って、先生のよく通われていたというこちらにお邪魔してみたんです。すみません」
「あら七條先生のファンなのね」おかみさんが近づいてくる。にこやかに、「こんな若い娘さんがファンだなんて。先生も隅に置けませんねえ」
「ええ。ええ。……まったく」目元を拭う女性を見て思い当たるところがあった。
「お人違いでしたらすみません」
なるべく、柔らかな笑顔を作る。警戒されないように、そう、女性であることのメリットを生かして。
「あなたは、……定さんでいらっしゃいますか」
いまだ涙で目元を濡らす女性は微笑み返す。
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