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R 2
夏休みを経て2学期になり、体験入学の日になった。
急に肌寒くなった10月末。中学より一回り広い高校の体育館はひんやりしている。しかも「体育館内は上履きを脱いでください」だ。
「はい、じゃあ各クラス出席番号順になるように並んでください」
引率の先生の言葉に従って並んでいく。僕は背の順なら前の方だけど、出席番号なら真ん中より後ろだ。そしてうちのクラスは一番端。
ちょっとぼんやりできそう。
いや、ぼんやりしてちゃダメなのか。
でもなぁ。なんかやっぱ実感ないし。
流されるように勉強して、予定通り行われる実力テストを受けて、とりあえずで書いた体験入学の希望と同じように書いた進路希望に沿って面談をして、でも目指すゴールは相変わらずよく見えない。
「えー、本日は星ヶ丘高校の体験入学にお越しいただきありがとうございます」
キーン、という軽いハウリング音と共に校長先生の話が始まった。
ここを受けるのかなぁ、僕は。
ここじゃダメ、がないのと同じくらい、ここじゃなきゃダメ、もない。
生活全般においてそんな感じ。親にも友達にも「温度低いね」って言われてる。
最初に配られたプリントを眺めながら、校長先生の話を聞いていた。
この話が終わったら、生徒会長の挨拶があって、校内見学、か……。
あ……っ、しまったっっ
ぼんやりしすぎてプリントが手から抜け落ちてしまった。
ピカピカの床を、スーッとプリントが滑っていく。
やばいやばいっっ
腰を浮かせて飛んでいったプリントの方に身体を向けると、誰かがプリントの方に進んで行くのが見えた。
星ヶ丘高校の、少し明るめの紺色のブレザーを着たその男の人の大きな手がプリントを押さえる。長い指がスッと動いてプリントを拾い上げた。
校長先生の話は続いている。
その人はそのプリントを持って、ゆっくりと僕に近付いてきた。
背、高い……し、すっごいスタイルがいい。
僕のそばに屈んでプリントを手渡してくれる。
やや茶色い髪、整った涼しい目元。
か……っっこいーーー……っ
とくとく、とくとくと心臓が走り始めた。
目が、離せない。
一瞬目を見張ったその人は、ふわりと微笑んで僕にその精悍な顔を寄せてきた。
「退屈?」
耳元で囁かれた低く柔らかい声。
どくんっと大きく胸が鳴って、ぶわっと身体が熱くなった。
校長先生の声がただの音として耳を通り過ぎていく。
もう一度僕に微笑みかけたその人は、スッと立ち上がって元の場所に戻って行ってしまった。
どくん どくん どくん どくん
全力疾走した時みたいに跳ね続けている心臓の上の学ランを、ぎゅっと握りしめた。反対の手には、あの人が手渡してくれたプリント。
この高校、入りたい
星ヶ丘高校
今ここにいるってことは、あの人はきっと生徒会の人だと思う。
この時期なら、もう新体制になってるんじゃないかな。
だったら3年生じゃないはずだ。
だから、入学すれば会える。会える!会える!!
顔を上げて、校長先生を見た。
ここからだけでもちゃんと聞こう。
でもどうしよう。ドキドキが止まらない。
今までこんな風に誰かに対してドキドキしたことなんかない。
身体中がホカホカして、耳や頬がちりちりしてる。
こめかみがドクドクしてるのを感じながら、次にステージに上がった女子の生徒会長の話を聞いた。
「はい、では最後に我が校の制服を紹介します」
生徒会長のその言葉で、男女2人ずつの生徒がステージに現れた。
あ、さっきの人……っ
周りの女の子たちがザワッとした。
胸がきゅうきゅうしてる
このドキドキってやっぱ……なのかな
火照ってしょうがない頬を両手で包んだ。
手も熱いから、湯気でも出ちゃうんじゃないかと思った。
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