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T 10
放課後の忙しさがありがたい。
もし何もなかったら、俺はあの子の中学にまで行ってしまったかもしれない。
テスト前の、部活も生徒会の活動もない期間はかなりヤバかった。でもどうにか乗り切った。
寒い時期はどうしてこんなに時間が進むのが早いんだろう。
1日1日が短く感じられるからか、あの子の記憶が薄れてくれない。
俺を見つめた、仔猫みたいなあの丸い大きな目が忘れられない。
「貴之さ、……何かあった?」
将大が遠慮がちに訊いてくる。
「え?」
「なんつーか、悩んでるっぽいなーってさ、思ったから」
居残りのシュート練習。今日は将大もボールを持ってドリブルしながら言ってくる。訊き辛いことを訊くための小道具、といったところか。
「あー……、いや、さ……」
言ってみるか? 将大に。……でも。
「ほぼほぼ叶わない願望、ってのは、どうしたもんかなぁってさ」
「ん?」
やっぱり言えなくて、そんなぼやかした言い方になった。
将大は「んーー」と唸りながらダンダンとボールを床に突き、お手本みたいなフォームでシュートを打った。シュポッと音を立ててゴールリングをボールが通過する。
「そりゃお前、神頼みだろ。神社行け、神社。つか貴之が願って叶わない望みなんかあんのかって思うけど」
落ちてきたボールをそのままドリブルしながらチラリと俺を見て、将大は急加速してゴールに向けてジャンプした。キレイにレイアップシュートが決まって、将大がダンッと床に降り立つ。
「まあ、その願望ってやつさ、言えるようになったら言って? できるだけ力になるつもりでいるからさ」
な、と笑ってボールを投げてきた将大は、俺が同性への恋情を持て余していると知ったら何て言うんだろう。
「ん、サンキュ」
受け取ったボールをドリブルして床を蹴った。数えきれないほど練習したから、考えなくても身体は勝手に動いてゴールが決まる。
恋愛は、練習ができない。
せいぜい創作物を参考に頭の中で考えるぐらいだ。
しかも相手のことが分からないから、シミュレーションには限界がある。
いや、そもそも会えないし、それに俺もあの子も男だし……。
でも考えてしまう。
もし会えたら、もしあの子がうちの高校に来たら、もし喋るチャンスがあったら……。
「とりあえず、日曜のランニングのついでに神社行ってみるよ」
「おー、行ってみ? 階段もあったらトレーニング的にもオッケーだな」
「確かに」
ははっと笑いながら、ちくちくと胸が痛んでいる。
会いに行きたい
会いに行けない
姿だけでも見たい
でもでもでも……
「……ほんとさ、何かあったら言えよ? 貴之」
将大がゴツくて硬い手で、俺の肩をポンとたたいた。
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