T      102

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 あれ?  風呂を済ませて今日の授業の復習をしていたらスマホが鳴った。  保科くんからのメッセージだ。  いつも俺が連絡するより30分ほど早い時刻。  保科くんが帰り際に泣きそうな顔をしてたって岡林が言ってたから早く声が聞きたかった。  でもいつもの時間の方がいいんじゃないかとも思って連絡できずにいた。  やっぱり早く連絡すればよかった、とか思いながらメッセージアプリを開いた。  うわ……っ  ーーーわがまま言ってもいいですか?  どしたどした  何この可愛いメッセージ……!  ーーいいよ 電話しよっか?  胸が高鳴る、とはこういう感覚だと教えられているような気になる。  ーーーはい  とメッセージがきたのを確認して、通話のアイコンを押すとすぐに保科くんと繋がった。 「もしもし、保科くん?」 『あ…秋川先輩あの……』  少し緊張した声。上擦って掠れている。 「我儘、言って? 保科くん」  躊躇(ためら)うような息遣いがスマホを通して聞こえた。 『は、母がいいって言ったら、部活、最後まで見たくて…、それから……』  段々声が小さくなっていく。内容はそんなに意外ではない。  スンッと鼻を啜る音が聞こえた。 「それから?」  意識して穏やかに訊いた。保科くんはきっと、すごい勇気を振り絞って言ってくれてる。 『……うちまで送って……?』  心音でかき消されてしまいそうな、か細い声での要求に胸を掴まれた。  これは…想定外だ 「うん、うん、いいよ、送るよ。保科くん家まで……」  やばい 可愛い 『ほんと……?』 「ほんとだよ。送る、家まで。ドアの前まで行こっか?」  遅くなる時は送って行くと思ってたけど、保科くんの方から言ってくるとは思ってなかった。 『うん…あ、はい』 「うん、でいいよ、保科くん」  可愛い我儘だなぁ…、っていうかこれ我儘なのかな 『あの、じゃ母に訊いてみるんで、ちょっと待っててください』  さっきまでより弾んだ声で保科くんが言う。  かわいい 「オッケー。通話でもメッセージでもどっちでもいいからね?」 『はい。じゃ、一回切ります』 「ん」  プッと通話の切れたスマホをデスクに置いた。そしてスマホに向けて手を合わせて祈る。  どうか、どうかオッケー出してください、保科くんのお母さん!  ……そういえば、どんな人なのかな、保科くんのお母さんて。保科くんてたぶんお母さん似だよね。  とか考えてる間にスマホが鳴った。  あ、通話だ。 「もしもし?」 『あ、あの! 秋川せんぱ…っ、いいって………っ』  たぶん、目ぇまん丸にして言ってるんだろうなって声。 「そっか、よかった」  俺も自然に笑顔になってくる。 『あの、でも最初、あんま遅いの危ないからダメって言われて…、それで…、家まで送ってもらえるって言っちゃった……』 「え? あ、うん、いいよいいよ。実際送って行くんだし」  保科くん、タメ口になってるの可愛いな 『あの、もしかしたら送ってもらった時、お母さん出てくるかも……』 「え、あ…そっか。うん、分かった。保科くんがいいと思う設定でいいよ? 生徒会の先輩ですって感じかな?」  ちょっと違う感じの動悸がして、手のひらに、首筋に、じわっと汗をかいてくる。  挨拶……、なんて言おう。 『はい、そんな感じでお願いします。あの…、すいません、面倒くさいことになって……』 「いや、面倒だなんてそんなことないよ。ただ、今からすごい緊張はしてるけど……。でも遅かれ早かれ通る道だから」  最後の方は、ほぼほぼ自分に言い聞かせているような感じだ。  恋人の親に挨拶、ってやば……っ  まあ、ただの先輩後輩ってことにしとくんだけど    チクリと胸の奥が痛んだ。
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