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 放課後になって「なんか久しぶりだな」と将大と言い合いながら部活に向かった。いつもなら保科くんを待つ階段で一瞬上を見上げた時、手摺りから身を乗り出す保科くんが見えて驚いた。 「あっ、後で行きます……っ」 「あ、うん。気を付けてね保科くんっ」  走って来たのかも。頬が赤く見えた。サラサラの髪がキラキラと光って、真剣な顔からふわっとした笑顔に変わる。 「かーわいいなぁ、あの子、保科くん。天使みてーじゃん」  将大の言葉に思わず咳き込んでしまった。顔がカッと熱くなる。 「あ、貴之。お前も天使だって思ってんだろ」  太い腕でガシッと肩を組まれて顔を覗き込まれた。鋭く強い将大の目がニヤリと笑って俺を見る。 「心配すんな。おれから見たら理沙だって天使だ」  耳元でそんなことをボソッと言って、将大が俺の背中をパンパンと叩いた。  彼氏歴では将大には敵わない。 「…俺、今日からさ、保科くん送って帰るから。…家まで」 「え? え、なに、マジで? 家まで?」  将大が驚いた笑顔で俺を見た。 「ん。なぁ将大。岡林の親に挨拶したことある?」 「ん? あ、ああ、あるけど……、つか、え? もう挨拶?」 「いや、別に『付き合ってます』の挨拶に行くわけじゃないから。あくまで学校の先輩として、夜遅くなって1人で帰すのは危ないから送ってくっていう……」 「…いや、単なる先輩後輩で男子は送らねぇだろ、……って思ったけど保科くんなら送る、か? 可愛いもんな。いや、でもなー……」  将大が首をひねって考えている。 「……やっぱおかしい、かな? 無理ある?」 「いや、分かんね、人それぞれだし。でもまあ貴之なら大丈夫だろ。見るからに信頼できる上級生って感じだし。おれなんか最初めっちゃ睨まれたけどな。『うちの娘、ダマしてんじゃないの?』みたいな目で」  ガハハと笑った将大が部室の戸を開けた。ムワッとした空気が流れ出してくる。気温と湿度の上昇で、部室の居心地は日々悪くなっていっていた。 「まあ、まだ会うかは分かってないんだけどさ」  ネクタイを解きながら、ついため息をついた。将大がクスッと笑って俺の肩をポンポンとたたく。 「大丈夫、大丈夫、な? まずは部活だ。カッコいいとこ見せるんだろ?」  ニヤッと笑いながらボソッと言われて、その顔を見返して小さく頷く。  バスケが上手くなりたかった。そのために必死で練習してきた。  周りにキャーキャー言われるのはただの副産物で目的じゃなかった。  でも今は、保科くんの目を意識してる。  やっぱり格好いいって思われたい。  保科くんが俺だけを見ていてくれるように、あの大きなキラキラした目が、他の誰かを追わないように。  頑張れ、俺!  両頬を手のひらでパンと叩いて気合いを入れた。  将大が肩のストレッチをしながら「よっしゃ行くか」と言った。
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