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「あー、やっと来たぁ、坂井せんぱーい」  さっきまでとちょっと違う、小野先輩の甘えた声。 「朋美ー! 遅くなってごめんなー」  え、これ、あの秋川先輩を強引に連れてった、部活の間中コワい顔してた坂井先輩の声?!  その、部活中と全然違う坂井先輩の声が「帰るぞー」って言って、みんながカバンを担いだ。  そっか、コワい人じゃないんだ、坂井先輩。  坂井先輩と小野先輩は恋人繋ぎで手を繋いで、橘先輩と岡林先輩は腕を組んで昇降口から出て行く。  秋川先輩の腕が僕の方に伸びてきて、肩を抱かれた。  僕も先輩ぎゅっとしたい。  思い切って秋川先輩の腰に腕を回した。 「保科くん……」  先輩の制服のシャツを握ってぴったりくっつくと、先輩がもっと僕を抱き寄せてくれた。  ほんとは両腕で抱きしめてほしいし抱きしめたい。 「嬉しいなぁ、保科くんと帰れるの。正直言うとさ、羨ましかったんだ、将大や坂井部長が」  前を歩いている2組を見ながら秋川先輩が言う。 「俺、普段はもっと遅いから一緒じゃない方が多いんだけどね。でも将大と岡林が並んで歩いてんの、いいなぁって思ってた」  夕方になっても気温は高くて、しかもジメジメした季節になったから密着した身体が蒸れてくる。でも離れたくない。先輩とくっついていたい。  いつも帰る時は内野たちサッカー部が走り回ってるグラウンドにはもう誰もいなくて、ライトだけが点いていた。  駅までの道のりがいつもよりずっと短く感じる。初めて秋川先輩と歩いた時も、あっという間に100円ショップに着いちゃったっけ。  僕が帰る時間より混んでる改札を、秋川先輩に誘導されて先に通って、すぐ後ろを振り返った。改札を通った先輩が笑いながら僕に腕を伸ばしてくる。  しあわせ  坂井先輩と小野先輩が「また明日ー」と手を振って、反対側のホームへの階段の方へ歩いて行った。 「階段、混んでるから気を付けてね。俺に掴まってもいいよ」  僕の肩から腕を下ろしながら秋川先輩が囁いた。  掴まる、なら腕?  軽く袖を捲ってる秋川先輩の、綺麗な筋肉の付いた腕にそぉっと触れる。 「遠慮しなくていいよ、保科くんのなんだから」 「!」  ……手のひらに汗かいちゃう……っ  硬い手触りの腕を掴んで階段を昇った。いつもは長いな、ダルいなって思う階段なのに、先輩の腕に掴まってたらスルスル昇れちゃった。  階段を昇り切ったら橘先輩たちが見えた。 「貴之、保科くんとこで下りるんだよな。どこで乗るんだ?」 「うち帰る時より2両前。ってことでまた明日なー」 「おうちまでってすごいよね。バイバイ、秋川くん保科くん」  笑顔で手を振る岡林先輩と橘先輩に頭を下げて、僕がいつも電車に乗るポイントに向かった。アナウンスが流れて電車が滑り込んでくる。 「ぎっしり乗ってるなー」  秋川先輩が、学食で券売機の列に並んだ時みたいに僕の後ろから肩に手を乗せて言った。  降車していく人の波を横目に見ながら、じりじりと前に進む。混み合った車内に足を踏み入れると、秋川先輩が僕を操縦するように車内中央まで進んだ。出入口付近よりは少しマシって感じで、カバンを肩にかけたままでも大丈夫そう。  でも吊革って掴まってもグラグラするし苦手なんだよね。  残念ながらこの車両は座席の途中にポールが立ってるタイプじゃない。  僕は普段はなるべく出入口近くのポールに掴まることにしてる。 「保科くん」  声をかけられて秋川先輩を見上げた。先輩はバックパックを前に持ち直して、高い位置のポールに手をかけてる。 「俺の腕に掴まるのと俺が支えるの、どっちがいい?」 「え…あ……」  発車を告げるブザーが鳴って電車のドアが閉まる。 「う、うで……っ」  電車の走り始めの揺れに合わせて、差し出された秋川先輩の肘の辺りに掴まった。  その腕を、少しずつ抱き込んでいく。前の座席に座ってるお姉さんが僕たちの方をチラチラ見るから、先輩の肩に頭をつけて顔を隠した。  くっついてると先輩の匂いがする。  匂いも好き  僕の秋川先輩  うちの最寄駅に着いて、つい先輩の腕を抱いたまま電車を下りた。 「あっ」
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