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 あれ……っ 「ん? どしたの?」  秋川先輩の腕からパッと手を離した僕を見た先輩が、周りを見渡して「ああ」って言った。 「内野くんと山田さんか。おんなじの乗ってたんだね」    内野はビミョーな顔をして僕たちの方を見てて、眞美ちゃんは笑顔で手を振ってた。  気付かなかったことにするには、ちょっと距離が近かった。 「秋川先輩お疲れ様です。琳ちゃん送って来たんですか?」  眞美ちゃんがとことこっと近付いてきて訊く。 「うん。送ってきたって言うか、これから送って行くんだけどね」 「わっ、家までってことですか? すごーい!」  眞美ちゃんが指先だけで拍手して言った。 「…山田、置いてくぞ」  内野がムスッとした顔で一瞬秋川先輩の方を見て、軽く頭を下げて歩き始めた。 「え、やだ待ってよ。先輩失礼しまーす、琳ちゃんバイバーイ」  眞美ちゃんが慌てて内野を追いかけて階段を昇っていく。  それを見送って、僕たちもゆっくり階段を昇り始めた。喋ってる間にみんな昇っちゃったから、もう僕たちしかいない。 「内野と眞美ちゃん家、途中まで方向が同じなんです」  何気なく先輩を見上げた。 「そっか。…保科くんもサッカー部見に行って一緒に帰ったりしてたの?」  秋川先輩はチラッと僕を見て、そして視線を階段に落とした。 「え……あ…、中学の頃は…行ってました、けど……」  あ、あれ? なんか先輩、ムスッとしてる……? 「でも高校入ってからは行ってないです。帰りにグラウンドの横通る時ちょっと見るくらいで……」    もしかして ……、嫉妬……してくれてるのかな……  え、でもそんな……、内野はただの友達なのに……  だけど…… 「そっか…、保科くん遅いのダメだもんね」 「あの、じゃなくて……っ」  秋川先輩の制服のシャツの袖をくいっと引っ張ると、先輩が足を止めた。階段を一段昇って先輩と目線を合わせて、だけど恥ずかしくて目を逸らした。  でも…でも言わなきゃ……っ  秋川先輩にだけ聞こえるように、その精悍な顔にドキドキしながら顔を寄せる。 「…も…、先輩のこと、…き、だったから……」  声、掠れて変だった。  ちゃんと聞こえた…かな?  チラッと先輩を見たら、切れ長の綺麗な目が見開かれていた。その目元がほんのり赤い。そして、スッと細められて笑みを刻んだ。  ととととととって胸が鳴る。 「ありがとう、保科くん」  低く、甘い声で囁かれてクラクラした。 「目線が同じなの、なんか新鮮だね」 「あ…は、はい……っ」  でもキラキラ眩しすぎる……っ  階段を昇り切って、いつもの目線に戻ってちょっとホッとした。  秋川先輩が僕を見下ろしてにこっと笑った。 「でも上目遣いもめちゃくちゃ可愛いからなぁ」  ちょっと屈んで小声でそんなことを言う。  今度はゆっくり階段を降りていくと、町は夕闇に包まれていた。 「……なんかすっごい緊張してきた」  秋川先輩が大きな手のひらを胸に当てながら言う。 「去年生徒会選挙で初めてステージで喋った時より緊張してるかも」  ははって渇いた声で先輩が笑って、胸がギュッとなる。  ……僕がわがまま言ったから……  迷惑、かけちゃってる…… 「でもね、保科くん」  先輩が足を止めて、じっと僕を見た。 「保科くんのお母さんに会うのが嫌、とかではないからね、絶対」  真っ直ぐに僕を見つめて先輩が口を開く。 「それにね、保科くんの我儘、可愛すぎて我儘だなんて思えないんだよね」  くすっと笑った秋川先輩が、僕の背中をぽんぽんと撫でて「行こうか」と言って歩き始めた。 「だから、また言って、ね?」  そんな優しい眼差しと柔らかい声に包まれてしまったら甘えたくなる。  唇を噛んで先輩を見上げると、秋川先輩はうんうんて頷いた。
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