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 この前1回来ただけなのに、先輩はうちへの道を覚えてるみたいで迷いなく歩いて行く。いつもの道をいつも通り歩いてるのに、うちに近付くにつれてどんどん緊張してきた。 「あ……っ」 「ん?」  坂を登りながらマンションを見上げたら、うちのベランダに人影が見えた。 「お、お母さんが見てる……っ」 「え……」  母が僕たちの方を見下ろしながら手を振ってる。部屋の明かりで逆光になってるし、暗いから表情は分かんない。  でも、怒って手は振らない、よね?  それに言ってあった時間とだいたい合ってるはずだし……。  僕は母にちょっと手を振って、秋川先輩は頭を下げてた。 「……これは…、お母さん絶対出てくるパターンだよね」  先輩の声がちょっと硬い。 「はい……。出てくると思います……」 「……よし、うん……」  秋川先輩は、ふぅっと息を吐いてお腹の前でぐっと拳を握った。  ドキドキ ドキドキ  エレベーターホールで、小学校が一緒だったお姉さんに会った。お姉さんは目をまん丸にして、両手で口元を隠しながら秋川先輩を見上げて頬を赤らめていた。エレベーターの中では僕と先輩を交互にチラチラと見て、そして僕をじっと見ながらエレベーターから降りていった。 「あの、うち奥から2番目の…、あっ」  エレベーターを降りて外廊下を歩き始めた時、ドアの開くカチャッという音が聞こえた。  うちの玄関のある窪みから母がヒョイと顔を出す。 「おかえりー、琳、と、わ……っ、ほんとイケメン……っ」  え?  母が秋川先輩を見上げて、思わず、という風に呟いた。  なんで?  秋川先輩もちょっと「ん?」な顔をして、母に頭を下げた。 「初めまして、生徒会で副会長をしている秋川といいます。保科くんにはこちらからお願いして生徒会の活動の手伝いをしてもらってます」  淀みなく話す先輩を母が見てにこっと笑った。 「初めまして、琳の母です。琳から少し聞いてます。この子、昔から何事にも関心が薄くて、まさか生徒会なんて……。あ、それにバスケ部も見に行ってるんでしょう?」  母が上目に先輩を見ながら言った。 「はい、見に来てくれてます。大会とかで場の雰囲気に飲まれないように、普段の練習から生徒に入ってもらうようにしてて、保科くんにも協力してもらってます。それで、できれば終わりまでいてもらえたら、とお願いしました」  すごい。  所々ウソなのに秋川先輩が言うと全部本当に聞こえる。  だって僕が行かなくったって体育館は満員だもん。 「副会長でバスケやってて……。秋川くん、モテるでしょ。いいの? うちの子送って来たりしてて」  くすっと笑って母が言った。 「え、あ、はい。保科くんは大事な後輩なんで……」  先輩がちょっとビクッとする。僕は視線を落として唇を噛んだ。  大事な…… 「ありがとう、秋川くん。そんな風に言ってもらえて嬉しいわ。学食に連れて行ってくれたのも秋川くんなんでしょう?」   母がススッと寄ってきて僕の頭を撫でながら言う。 「あ…はい、みんなで……」 「この子が先輩と親しくするなんて初めてだからびっくりしちゃった。どうやって知り合ったの?」  母が僕と秋川先輩を交互に見る。 「え…っと、俺が生徒会の用事してる時、たまたま近くにいた保科くんに手伝ってもらって……、それで、ですね」  ね、って先輩が僕を見て、僕はうんと頷いた。    ウソはついてない  ……言ってないことがあるだけ 「そっかー、なんかいいね、学校って」  母がそう言って笑った。 「じゃあ気を付けて帰ってね。送ってくれてありがとう、秋川くん」  母が軽く頭を下げると、秋川先輩はお手本みたいに綺麗なお辞儀をした。 「ではこれで失礼します。保科くん、また明日ね」 「あ、はい…っ。ありがとうございましたっ」  先輩がふわっと微笑んで踵を返した。背の高い均整のとれた後ろ姿が遠ざかっていって、角を曲がって見えなくなる。  母が「ふー……」っとため息をついた。
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