Takayuki   110

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Takayuki   110

「ごめん。俺、保科くんのお母さんにどんな挨拶したか、全然覚えてない……」 『え、そうなんですか? いつも通りに見えましたけど……。普通にきちんと挨拶していただきました、よ?』 「あ…そうなんだ……。よかった……」  夜の電話で保科くんの声を聞いて少しホッとした。  正直、保科くんはやっぱりお母さん似なんだなってことぐらいしか記憶にない。  過去最高ぐらい緊張した。頭ん中真っ白になった。  情けないなぁ……  保科くんのお母さんの反応が悪くなかったらしいのが救いだ。  翌日将大に話したら「そんなもん、そんなもん」と笑っていた。 「えー、ではね、明日明後日、つかまずは明日、頑張ってください。ここ数年は勝ち進んでっけど気ぃ抜かないように。負けたらおれら3年は、そこで引退だから。本番は明後日です。1位とって全国! 気合い入れていきましょう!」  金曜日、坂井部長の言葉に部員全員が「はい!」と応えて部活が終了した。 『引退』の言葉が重い。    坂井部長がニヤッと笑いながら俺と将大の方に近付いてくる。 「秋川、橘。お前ら2人のどっちかが長で、どっちかが副な。そこまではもう決まってっから」 「「え……」」 「『マジか』みてぇな顔してんなよ? 大方予想通りだろうが」  周りの奴らが「おー」とか言いながら拍手している。  坂井部長がゴツい手で俺と将大の肩をガシッと掴んだ。 「やりたくねぇからって大会で手ぇ抜くんじゃねぇぞ? 呪うぞ?」  俺たちを交互に睨みながら坂井部長が言う。広角は上がっているが目は笑っていない。 「んなことしませんよ」  将大が引き攣った声で応えた。俺はその隣で頷く。  部長も、うんうんと頷いた。 「よろしくな、2人とも。期待してっから」  俺たち2人の肩をポンポンとたたいて、坂井部長は顧問の方に歩いて行った。近くにいた先輩たちにも肩や背中をバンバン叩かれた。  思わずため息が漏れる。 「まぁ、つっても貴之が部長でおれが副部長だろ」  将大がニッと笑って言った。 「いや、それはまだ……」 「実力も人望も貴之のが上なのは、ずっと一緒にいるおれが一番分かってんだよ。それにおれは二番手が向いてんの」  俺の肩に腕を回した将大がくるりと方向を変える。ゴールボードの横の辺りに保科くんが見えた。岡林も小野もいるみたいだ。 「中学の時もおんなじようなこと言ってたぞ、将大」 「あー……、あん時は半分本気で、半分は部長やりたくねぇから言ったって感じだったけどなー」 「え……」  将大が、ははって笑いながら言って岡林に手を振った。 「でも今は丸ごと本心だから。おれはお前には敵わない、つかお前のサポートがしたい。だから貴之、お前が部長やれ」 「将大……」 「ほら貴之、保科くんに手ぇ振ってやれよ。へにょっとした顔になってんぞ? お前見えねぇだろうけど」 「えっ」  慌ててキャットウォークを見上げて手を振ると、保科くんも小さく振り返してくれた。 「おー、笑った笑った。よし、着替えてこよーぜ、貴之」  将大が俺の肩に回した手で肩先をトントンとたたいた。 「ん」  もう一度キャットウォークを見上げたら、保科くんと目が合った気がした。 「なぁ貴之。そもそもさ、この状況で保科くんのこと、誰も(はや)し立てたりしねぇってすごくね? そんだけお前のこと周りは認めてるってことだろ? だからやっぱさ、お前が部長やった方がいいんだよ」 「……なんか分かるような分からないような理屈だな」 「んー? そうか? 分かんだろ? まず人望があってさ、それから体力的にも技術的にもやっぱ部内で貴之が一番だしさ、持久力もエグいじゃん? お前」 「それは……」    保科くんに出会った高1の秋から、夢も見ずに眠りたいと思って限界を超えるような練習をしていた。  会いたくて会えなくて、どうしようもない気持ちに戸惑って持て余して、それを全部バスケにぶつけてた。  あ……
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