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「おーっし、チャージ完了したらおれらも帰ろうぜー」   と言いながら坂井部長が小野を抱き上げて、くるっと一回転する。小野が「きゃー」って言いながら部長にしがみついた。  坂井部長たちは手を繋いで、将大は岡林と腕を組んでいつも通り帰路についた。  俺は保科くんの肩を抱く。  保科くんの腕が俺の腰に回った。シャツを引っ張られる感覚まで愛しい。 「あの、秋川先輩」  大きな目が俺を見上げた。 「ん?」 「なんで背中とか叩かれてたんですか?」  遠慮がちの口調と、心配気な表情が可愛らしい。 「うん、あれはね、きっちりやれよってことかな」  大丈夫だよって細い肩を抱き寄せたら、前を行く将大が振り返った。 「あと、新部長頑張れよってことだよ、保科くん」 「え?」  将大がニヤリと笑う。 「んー? なに、お前ら的にはそんな感じ?」  坂井部長も振り返って立ち止まった。 「やっぱ、おれは貴之がいいと思うんすよね、部長は」 「将大っ」  保科くんが見上げてくる視線を感じる。  坂井部長が顎に親指を当てて考え込む顔をした。 「おれ的にはー、どっちもアリっつーかどっちも見てみてぇ感じだけど。そだなー、あえて、なら秋川が部長かな」  そう言って、ニカッと笑った坂井部長がまた前を向いて歩き始めた。将大も「な?」な顔で俺を見て、そして駅へと歩いて行く。 「秋川先輩、部長さんになるんですね」  保科くんがにこっと笑って言う。 「…そう、みたいだね」  無意識にため息が漏れた。 「いや…ですか?」  きゅるんとした目で保科くんが訊いてくる。 「まぁ、嫌ってわけじゃないけど」  ちょっと面倒くさいだけで。 「僕は、いいと思います。秋川先輩って、付いていきたくなる人だから……」 「ん?」  保科くんが俺のシャツを握り直した。引っ張られる感じが少し強くなる。 「この人に付いていけば大丈夫って思える人だと思うんです、先輩は」  上目遣いで俺を見上げる保科くんの頬が、夕暮れの薄闇でも赤く色付いているのが分かった。 「……保科くんは、俺に付いてきてくれるの?」  戯れに訊いてみたら、保科くんは大きく頷いた。そしてまた俺を見上げる。 「だって…ずっと一緒、でしょ?」  あ、ちょっとタメ口 かわいい 「うん、そうだよ」  天国までも一緒に行こう  保科くん家で保科くんのお母さんが出てきて「明日頑張ってね」と言われたのが、なんかやたら面映かった。  帰る途中ですれ違った男の人に一応会釈をしたら、後ろから「あら、お父さんお帰りなさい」と保科くんのお母さんの声が聞こえて、心臓が止まりそうになった。  さっきの、保科くんのお父さんだったのか……っっ  …よかった、会釈して……  少し振り返ったら、保科くんが玄関の窪みからちょっと顔を出してた。表情までは見えないけど、たぶん焦った顔してるんだろうなって思った。  乱れ打つ心臓を宥めながら駅まで歩いた。  この道もずいぶん慣れた。  そういえば、大会が終わって生徒会に行くようになったら、帰りどうなるのかな。あと30分遅くなるのは、保科くん家的にどうなんだろう。  ダメって言われたらどうやって説得しようか。  バスケの戦略を練るより難しい。  でももう1人で帰すのも1人で帰るのも嫌だ。  ガタンと電車が揺れてハッとした。  マズい。独りよがりな考え方になってる気がする。  保科くんは俺の『物』なわけじゃない。俺の気持ちを押し付けてはいけない。  難しいな、恋愛  でももう知らなかった頃には戻れないし、戻りたくもないから  ふぅ、と一つため息をついた。電車が家の最寄駅に停まる。  大会が終わったらきちんと保科くんと話し合おう。  せっかく手に入れた宝物を、この手から取り落としてしまわないように
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