Takayuki   118

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Takayuki   118

 ダンッと床を強く蹴った赤いバッシュのデカい足が空中を駆けた。  坂井部長のパワフルで少し強引な、その性格通りのプレイスタイルが俺は少し羨ましかった。    ゴールリングを揺らして、でもニヤリともせずにまた走り出す真剣な顔。  あの大きな背中を、もっと追っていたかった。  鈴木先輩の低いドリブルから坂井部長のシュート。これがさっきも決まっていれば、とやっぱり思ってしまう。  一つ前の試合。  2点差をつけられての、残り1分。  副部長のスリーポイントシュートが外れて、取られたボールを鈴木先輩が奪い返した。そしてそれを坂井部長に繋いだ。  あのゴツい手がゴールを決めるのを、数え切れないほど見てきた。  無茶な体勢からも、ボールは意志を持っているかのように飛んでゴールリングを通過した。  なのに  グルグルッとリングを回ったボールが外に転がり落ちた。  そしてリバウンドを取る間もなく試合終了のブザーが鳴り響いた。  その瞬間、部長たち3年生の引退が決まってしまった。  俺は、坂井部長が唇を噛んで天を仰ぐ姿をベンチから見ていた。  だけれど挨拶を終えて部員全員が集まった時、坂井部長は俺たちを見回していつもの顔でニヤリと笑ってみせた。 「まだだぞ、まだ3位決定戦があるからな。取るぞ3位。いいなお前ら」  強い目と強い声に圧倒された。  この人の後を、俺が引き継ぐのか  こんな風にみんなを引っ張っていけんのかな、俺  ドクンと心臓が嫌な感じで打って、胃がギリッと痛んだ。  けれど 『僕はいいと思います』  不意に保科くんの声が頭の中で優しく響いた。 『秋川先輩って、付いていきたくなる人だから……』  ああ、そうか  引っ張らなくていいのか……  俺は俺で、いいのか……  そう思って心が少し軽くなった。 「秋川!」  顧問に呼ばれてハッとした。 「最後は3年だけじゃないんですか?」 「最後だから、後輩たちとプレイしたいって言ってたんだよ、3年が」 「……っ」  戻ってきた副部長と入れ替わりにコートに入った。坂井部長が走ってくるのが見えた。  これが先輩たちとの最後の試合だ。  悔いが残らないように全力で、先輩たちに教わった全てを出して戦う。  俺の出したパスを受け取った坂井部長がクイッと口角を上げた。  ああ、やばい楽しい  なのにこれで終わりだなんて  どうして日々はこんなに早く過ぎ去ってしまうんだろうなぁ…… 「えー、まずはお疲れ様でした。みんなすげぇ頑張ったと思います。その結果、3位、取れました。うちの部過去最高位です」  全ての日程を終えて、会場だった県立体育館の影に集まった部員に向けて坂井部長が見慣れた笑顔で言った。  部員から少し離れて、応援に来てくれた生徒も俺たちを囲むように立って部長の話を聞いている。  さっきチラッと見た保科くんたちは皆、目を赤くしていた。小野は鼻を真っ赤にしていて、岡林に肩を抱かれてた。 「試合に出たメンバー、今回は出なかったメンバー。支えてくれたマネージャーと先生、あと応援に来てくれた皆さん。みんなの力で取った3位です。おれはこの高校でこの部でバスケやれたこと、すげぇ楽しかったです。今日で引退で後悔はありません」  うっすらと潤んだ目をした坂井部長が語るのを、同じく潤んだ目をしてみんなが見つめている。 「おれらの後はね、たぶんみんなの予想通りだと思うけど、秋川が部長、橘が副部長でいこうと思ってます。異論のある人は後で言ってきてください」  皆の視線が俺と将大の上を行き来して思わず息を詰めた。 「お疲れ様でした」の声で解散になると、小野が坂井部長の元に一目散に駆けて行ってがしっと抱きついた。そして大声で泣き出して、坂井部長は笑いながら泣いていた。 「秋川先輩」  とことこって近付いてきた保科くんが控えめに俺を呼んだ。 「今日も見ててくれてありがとね、保科くん。ていうか……」  見上げてくる大きな目を見たら堪らなくなった。  大丈夫、ハグぐらいみんなしてる  そう自分に言い訳しながら保科くんに片腕を回した。保科くんは丸い目を更に丸くして、でもふわっと微笑んだ。  天使の笑顔だ 「最後、落ち着いて戦えたの保科くんのおかげなんだ。だから……、ありがとう、ほんとに」 「僕、なんにもしてませんよ……?」  保科くんが頭を俺の肩にこてんと寄せた。  可愛いなぁ 「んーん。部長のプレッシャー、保科くんのこの前の言葉のおかげで潰されずに済んだんだよ」 「そ…なんですか?」  ほんとに?みたいな声で言った保科くんが、俺のTシャツをくいっと掴んだ。 「…僕、先輩の役に立った?」  うわやば……っ かわいいっっ  俺の天使 「うん、うんすごく」  もう完全に語彙が死んでる。  将大に「帰るぞー」と言われてハッとして、保科くんの肩を抱いて駅への道を歩いた。  昨日よりは遅いけど、やっぱりまだ明るくて、でもまあいいかと思いながら保科くんを送って行った。出迎えてくれた保科くんのお母さんは特に何も言わなかった。  そのことにホッとして、同時に「今日は家にいるんだな」と、つい思ってしまった。
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