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 先輩たちが部活を引退した、とは言っても、大会明けの月曜がテスト発表日で部活は休みに入ったので実感はまるでない。 「席空いてるといいねー」 「ですねー」  放課後、将大たちとは電車で別れて、保科くんと2人で最初に行ったファストフード店を覗いた。 「あら! 琳と秋川くん。お茶するの?」  えっ  斜め後ろ辺りから声をかけられて、2人してビクッとして振り返った。 「お母さ……っ」 「おかえりー。ていうかテストね。テスト勉強ならうちですればいいじゃない」  日傘を差した保科くんのお母さんがにこにこしながら言った。 「ファストフードの2人掛けテーブルってちっちゃいでしょ? 折り畳みテーブル出してあげるから、ね?」  保科くんが困り顔寄りの笑顔で俺を見上げてくる。  行っていい、よね?  土曜日に初めて入った保科くんの部屋は、カレンダーが猫の写真だったり猫の顔型のクッションがあったりして可愛らしかった。 「どうかな?」って保科くんを見たら、保科くんが小さく頷いた。 「じゃあ、お邪魔させて頂きます」 「うふふー、どうぞどうぞー。あ、日曜日の大会、3位だったんですってね。おめでとう」 「ありがとうございます」  保科くんのお母さんの黒い日傘を見ながらマンションまで歩いた。 「昨日、まだ暗くなかったのに送ってきてくれたから、もしかしたらって思ってたの」  エレベーターの中で保科くんのお母さんがそう言って、ふふっと笑った。  何て応えればいい?  手のひらに、じわりと汗をかいてくる。  逡巡している間にエレベーターが止まってドアが開いた。ドアを押さえて保科くんを先に下ろすと、振り返った保科くんのお母さんが俺を見てにっと笑った。  初めてのような顔をして保科くん家に入ると、保科くんも初めてみたいに「僕の部屋、ここです」と案内してくれた。そして俺を上目に見てこっそり笑う。  いたずらっ子天使だ! やばい! 可愛すぎる……! 「琳ーっ、テーブルー」  家の奥の方から声がした。 「あ、はーい。ちょっと待ってー」  保科くんは慌てた様子で部屋を片付けている。あんまり散らかってないけど。 「俺、取ってくるよ」 「え……」  ちょっと心配気な顔をした保科くんを置いて部屋を出た。 「お邪魔します」とリビングに入ると、「あ」って顔をした保科くんのお母さんが俺を見上げた。立てた折り畳みテーブルを支えて持ってる。 「俺、持って行きます」 「あ、そう? じゃお願いしまーす」 「はい」と返事をしてテーブルを持ち上げた。そんなに重くはないけれど、保科くんのお母さんは「わぁ、すごい軽々ー」と言いながらパチパチと手を叩いていた。 「秋川くん、飲み物取りに来てって琳に言ってもらえる?」 「あ、はい」  と返事をしたところで保科くんがリビングに入ってきた。 「先輩、ドア開けてあるんで……」 「ん、分かった。広げておくね」  うん、て頷いて、保科くんはキッチンに向かった。  テーブルを広げて待っていたら、保科くんが麦茶が入っていると思われるグラスの載ったトレイを持って入ってきた。  ん? 少し頬が赤いような……? 「あ、あの、麦茶なんですけど……」  コルクのコースターを敷いて、綺麗な手がグラスを置く。カランと氷が音を立てた。 「ありがとう」  そこにドアがコンコンコンとノックされて、保科くんが少しびくっとした。 「琳ー、お座布団」 「はーい」って返事をしてドアに向かう保科くんに、汗マークが飛んでるように見える。  なにしてても可愛い 「はい先輩、どうぞ」  紺色のカバーのかかった厚めの座布団を差し出して、にこっと笑うのもめちゃくちゃ可愛い。 「ありがとう、保科くん」  やばいな、こんな可愛い子と2人っきりで勉強になるかな  しかも……ほんの数日前この部屋で……  ちらっと保科くんを見たら保科くんも俺を見ていて、唇をきゅっと噛んだ。  きっと思い出してる、保科くんも。 「勉強しよっか、ね」 「はい」
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