T      12

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 1月から3月が駆け抜けるように過ぎていった。  入試の日は、あの子が来ないか見張りに来たいぐらいだったけど踏み(とど)まった。  そして4月。  自分の入学式の時より緊張している。 「秋川くん、そろそろ行こっか」  渡部先輩にそう言われて「はい」と返事をして昇降口に向かった。 「でも綾乃、なんで秋川くんをこの係にしたのかなぁ?」 「え?」 「ま、いいけどね、私は」  昇降口の前に長机を並べて、やって来た新入生の名前を確認してクラスを告げ、体育館に向かわせる受付の係。開始5分前に昇降口に着くと、門の外にはもう何人か新入生が来ていた。  長机には新入生の名前がクラス別に書かれた表が貼ってある。 「なんていうか、レトロな手順ですよね。去年も思ったけど」 「そうねー。でもいいんじゃない? 自分で見てチェック入れてってできなくはないけど、でもやっぱり出迎えたいじゃない、新入生は」 「そうですね。声かけてもらうと「入っていいんだな」って思えるし」  長机には、俺と渡部先輩とあとは教師が2人。 「そろそろ開けまーす」  副校長が機嫌良さそうな声でそう言いながら校門に向かう。その丸めの後ろ姿を目で追った。  校門は太めの柵が横にスライドするような、ありがちなタイプだ。副校長の登場に、門の向こうがザワリとした。  ガチャンと鍵の外れる音がして、ガラガラと門が横に引き開けられていく。でも新入生たちはすぐには入って来ない。 「どうぞ、お入りください」  副校長の声が響いて、遠慮がちに中を覗いていた新入生たちが恐る恐るという感じで入って来た。 「そのまま進んで、あちらでクラスを確認してください」  後から来た別の教師が俺たちのいる方を手で示しながら言う。 「あ、あそこの女の子たち、秋川くんのことロックオンしたよ」  渡部先輩が、ふふって笑いながらボソッと言った。  3人の女子たちが「誰から?」みたいに顔を見合わせながらじわじわと近寄ってくる。それを追い越して男子生徒がやって来た。  名前を訊いて、クラスを告げる。耳で聞いた名前を頭の中で漢字変換しつつ、名簿でその名前を探すのが、案外手間取る。  俺は『秋川』だから探しやすいけれど。  去年ここでモタついた記憶はない。  見つけた名前が思ってたのと違う漢字だと「へぇ」と新鮮な気持ちになった。 「はい、では体育館へどうぞ」  名簿から顔を上げてプリントを渡す。目の前にいた新入生が「はい」と言って移動する。視線を落とした間に、前を男子生徒が2人通って行って、1人が半端な所で止まった。  たぶん友達同士で来たんだな。前を歩いていた方の生徒に先生が話しかけているのが聞こえる。じゃあ手前の子は俺が……。  そう思いながら視線を上げた。  あ!!  仔猫のような丸い大きな目、白い肌にふんわりとピンクに色付いた頬、サラサラの黒髪が春の柔らかな太陽の光を浴びて艶々と輝いている。  え、え、え?!  ドドドッとすごい勢いで血流が巡り始めた。  え、ちょっ待……っ  あの子……だ……っっ!    ものすごく動揺してる。手のひらに、首筋にぶわっと汗が滲んでくる。  まじでまじで?! やばいやばいっっ  かわ……っ、可愛い……っっ!    でもそう思ってるってバレたらマズいっっ  落ち着け、落ち着け、落ち着け俺……っ  平静に平静に、だけど……  俺がずっと覚えてたのは知ってほしい……っ
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