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 今日は向かい合わせに座って、それぞれ教科書やノートを開いた。  保科くんの教科書の内容が懐かしい。 「そういえばさ、テスト終わったら俺また帰りが遅くなるんだけど、どうしようか」 「あ……、そっか、そうでしたね」  保科くんが教科書から目を上げた。 「俺はね、できれば最後までいてもらって送って来たい」  教科書をめくりかけていた細い手に手を重ねた。 「1人で帰すのは心配だし、1人で帰るのは淋しい」  重ねた手に少し力を込めて保科くんを見つめた。色白の可愛らしい顔がふわっと色付く。 「……僕も、一緒に帰りたい…です……」 「うん……」  よかった、俺だけじゃなかった。 「ひとり……やです……」 「わ、泣かないで保科くんっ」  大きな目がみるみる潤んでくる。 「かっこいい先輩、僕だけ見れないのやだ……っ」  うわ……っ  保科くんがぎゅっと目をつぶって頭を振る。頬を涙が流れ落ちた。 『保科くん帰る時なんか……、泣きそうな顔してたんだけど』  岡林の言葉が頭の中で甦った。  そうだ。あの日の夜に保科くんは最後まで見たいって言ったんだ。 「うん、分かったよ。お母さんに何て言って説得しようか……」  腕を伸ばして滑らかな頬を伝う涙を拭った。保科くんがスンッと鼻を啜る。 「この前は遅いのは危ないからダメって言われたんだよね? で、送ってもらうからってオッケーしてもらった。じゃあ今回は俺が直接お母さんにお願いして来ようか?」  じっと保科くんを見ていたら、長いまつ毛がゆっくりと上がって綺麗な目が俺を見た。その視線が強くて驚いた。そして保科くんは、ううんと首を横に振った。 「……僕が言います。僕ん家の決まりだし……」  小さな唇をきゅっと引き締めて、保科くんが言う。 「そっか……」 「でも……、一緒に来てくれたら、心強いです」  そう言って真っ直ぐ俺を見つめた。 「あ、うん、それはもちろん……」  そうだ。保科くんは1人でも生徒会の手伝いに行ってた。  可愛らしい見た目だけど、中身は存外キリッとしてる。 「うん。じゃあそうしようか」  うん、て頷いた保科くんの髪がサラリと揺れた。  大切にするって、ただ腕の中に囲い込んで抱きしめていればいいわけじゃないんだ。  軽く握った拳を、手のひら側を下にして保科くんに向けてみる。 「え?」って顔をした後に、にこっと笑った保科くんが一回り小さい拳を俺の拳にトンと当てた。 「これ、やってみたかったんです」  えへへって笑うの、やっぱ可愛い 「初めて?」  フィスト・バンプ 「初めて」  はは…すげ……  笑顔キラッキラだ 「保科くんの『初めて』また一つもらっちゃったね」  俺がそう言うと、保科くんがちょっと考え込むような表情で見つめてきた。 「……ズルいです。先輩は初めてじゃないの……」  上目遣いのアヒル口、めちゃくちゃ可愛い 「好きな子とするのは初めてだよ?」  それに前よりタメ口っぽくなるの、増えてきた。  嬉しい  アヒル口だった保科くんの口角が、きゅっと上がって笑みの形になる。  ほんと可愛い 「かわいいよねぇ、保科くんて」  どうしよう、こんな可愛くて  保科くんが少し困った顔になる。これも可愛い。  やばい 勉強にならない  とか言ってる場合じゃない。 「もちょっと勉強したら、帰りの時間のお願いしに行こっか。まだお母さん晩ご飯の準備始めないよね?」 「あ、はい。たぶん……」 「テスト結果が悪かったら『早く帰ってきて勉強しなさい』って言われちゃうかもだから頑張らないとね」 「うわ、そうですね。ちゃんとしなきゃ……っ」  俺も送ってくる分遅くなるから文句言われないようにしないと……。  同じ目標に向かっている感じが楽しくて嬉しい。  保科くんをチラッと見たら、保科くんも俺をチラッと見てきて目が合った。  2人でふふって笑う。  何て言って説得しようかなと頭の隅で考えながら、教科を次のページにペラリとめくった。
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