Rin     121

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Rin     121

 リビングのドアをそぉっと開けた。ものすごくドキドキしながら。  母はソファのいつもの所でスマホを見ていて、僕たちに気付いて顔を上げた。 「あらどうしたの? お揃いで」  母が少し首を傾げながら言う。 「あ、あのねお母さん」  心臓がドキドキすると、喉がきゅーってなる。 「テストが終わったら、帰り、もちょっと遅くなってもいい……?」 「ん? 学校の? なんで? この前遅くしたばっかりよね?」  母が僕を真っ直ぐ見上げて言った。心臓がギュンってなる。 「うん、そうなんだけど、この前慌ててて言い忘れてたこととかあってね。終わりの時間がちょっと違くて……」  目を逸らしてはいけない気がして、一生懸命母を見ながら喋るけど、なんか頭の中がぐるぐるしてくる。 「ほんとはね、あと30分くらい遅くて、だから……」 「あの、それは俺のせいなんです」  秋川先輩が半歩くらい母の方に進んで言った。 「俺、生徒会に出てから部活に行く分居残りしてて……。先日までは大会があるから生徒会なしで部活行ってたんであの時間だったんですけど、あ、俺が行けない間は保科くんが俺の分まで生徒会の仕事やってくれてました」  先輩、いつもよりちょっと早口だ。母はふんふんて感じで頷いた。  僕はぎゅっと拳を握った。 「送ってもらえるから、バスケ部最後まで見ていいことになったでしょ? だから、先輩が部活終わるの待って送ってもらうから……」  なんか上手く言えない。お母さんにちゃんと伝わってるのかな。 「あの、俺必ずここまで送って来ますから。だからあと30分、お願いします」  サッと先輩が頭を下げた。母が口の動きだけで「わっ」って言った。 「あの、あのねお母さん。バスケ見るのすごい楽しくて、だから……」 「だめ」  ヒュッて息が止まった。スッと血が下がる感じがする。 「…って言いたいところだけど……。お母さん、馬に蹴られるのは()なのよね」 「「え?」」  どゆこと?  って思って母を見たら、くすっと笑って僕を見て、それから秋川先輩をチラッと見た。僕も先輩に目を向ける。  秋川先輩は顔の下半分を大きな手で覆っていた。ちょっと眉間に皺が寄ってる。  なんか……顔赤い?  先輩がゆっくりと手を下ろしながら、照れくさそうな顔で僕を見た。  どうして? 「それに、30分ぐらいならいいじゃん、って何も言わずに遅くなったりしないで、こうやってちゃんと話してくれたしね」  母が、ふぅっと息をついて唇をむにっとさせた。顎に皺は寄ってるけど口角が上がってる。……怒ってはない…よね? 「あの、それはねお母さん。秋川先輩が『遅くなるけどどうしようか』って……」  微妙な表情の母に話しかけると、母はうんうんと頷いた。 「そっか……。ちゃんとしてるのね、秋川くん。…なら……大丈夫、かな?」  母がまた先輩をじっと見上げた。秋川先輩は一瞬目を見張って、それから母を真っ直ぐに見て「はい」と応えた。 「んー、じゃああと30分ね。お腹空くわよー?琳。ま、二の次か、そんなの。とりあえずその前にテスト、頑張ってね」  しょうがないなー、みたいな顔で母が言う。 「ありがとうございます」って秋川先輩が言ったから、僕も慌てて「お母さん、ありがとう」って言った。 「じゃあ、今日はこれで帰ります。また明日ね、保科くん」  いつもよりほんの少し困り顔の秋川先輩が、母と僕に軽く頭を下げて帰って行った。 「なんていうか……、正々堂々って感じね、秋川くんて。ズルい嘘とかつかなそう」  帰って行く先輩の背中を見送りながら母がポツリと言った。  最初に会った時、ちょっと嘘ついてるんだけどなぁ 「よかったね、琳」 「え?」 「さあ晩ご飯作らなきゃ! 手伝ってね」 「はーい」  なんか所々分かんない…けど。  あと30分遅くなってもいいことになったし、いっか。 「そうだ琳、折り畳みテーブルどうする? 片付ける?」 「え、あ……」  期末テストまで一週間弱。  秋川先輩、また来るかな? 「お、置いとく、僕の部屋に」 「オッケー」  明日も一緒に勉強したい。  ずうっと秋川先輩と一緒にいられたらいいのに……
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