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「先輩あの、訊き忘れてたことがあるんですけど……」 「ん?」  お昼休みの2年生の空き教室。  秋川先輩に抱きしめられて、秋川先輩を抱きしめてる。  お腹より先に心を満たしたいから、お弁当は後回し。 「昨日のお母さんとの話、ちょっと分かんないとこがあって……」 「…あーー……」  先輩が、うんうんて頷く振動が伝わってくる。 「……今聞く? 動揺しちゃうかもしれないけど」  僕の顔を覗き込みながらそう言った先輩が、頬にちゅってキスしてくれた。 「…だって気になる……」  秋川先輩を上目に見返したら「そうだよねぇ」って苦笑した。 「端的に言うとね、お母さんは気付いてる」 「え?」  何に? 「きょとんとした顔、すっごい可愛いね、保科くん」  自分こそすっごい格好よく笑った先輩が、唇にちゅっちゅって軽いキスをしてくれる。 「……俺たちが付き合ってること……」 「えっ」  びっくりして動いちゃったから歯がカツンて当たった。 「大丈夫? 保科くん」  先輩がそう言いながら僕の唇を唇で撫でるように口付けた。  そして唇を離して僕を見つめる。 「…ほん…とに……?」 「うん。保科くんの分かんなかったのって、お母さんが言ってた『馬に蹴られたくない』のくだりでしょ?」  うん、て頷いたら、また先輩がうんうんて頷いた。 「あれね、『人の恋路を邪魔するやつは』って頭に付くんだよ」 「え、え、邪魔したら蹴られる……? 馬に?」  聞いたことあるような無いような…… 「邪魔するなら蹴られちまえ、かな。で、蹴られたくない、だから邪魔はしないってこと、だと思うよ」    ふんわりと僕を抱きしめてる秋川先輩が、ふんわりと笑ってる……けど。 「あ、え……邪魔、しない…って、え、バレてる……バレて……」  やっと分かってきて心臓がドキドキと強く打ち始める。 「落ち着いて、保科くん」  今度はぎゅうっと抱きしめられた。そしておっきな手が頭を撫でてくれる。 「たぶんだけどね、最初に送って行った時から薄々気付いてたんだと思うよ? 何かママ友から俺のこと聞いてたって言ってたんでしょ?」 「……うん……」  秋川先輩のことも、先輩とファストフードにいたのも送ってもらったのも、お母さん知ってた。 「で、会って、挨拶して……。その後も保科くんの様子見たり、改めて俺のことママ友に訊いたりしてたんじゃないかなぁ。それでまあ、一応俺は及第点を頂けたってこと、だと思うよ」  優しい声で先輩が言う。柔らかい響きに少しずつ気持ちが落ち着いてきた。 「なんかさ、今の生徒会とか、中学の時の部長とか、あとクラス委員とか。断りきれずにやったこと色々あったけど、やっといてよかったって思ったよ。とりあえずしっかりしてそうに思ってもらえるし」  広い胸の中から、苦笑いする顔を見上げる。 「だから大丈夫、ね?」  ちゅって額に口付けられて、うんて頷いた。 「じゃ、弁当食べよっか。遅くなっちゃったね」 「はい」  いつものように並んで座って、母の作ってくれたお弁当を開けた。  お母さん、気付いてたんだ……  昨日先輩が来てた時、飲み物を取りに行ったら母に、 「先輩に『うん』って言ってオッケーって、ずいぶん仲良しなのね」  って言われた。完全に無意識だったからドキッとした。 「あ、秋川先輩は優しいから……っ」 「そっか、怒られたりしないのね、タメ口でも」  うん、て頷きながら「だって」って思ってた。    だって先輩は僕の恋人だから  隣でおっきいお弁当を食べている秋川先輩を見る。 「先輩あのね」 「ん?」 「あのテーブル、僕の部屋に置いてあるから……、今日も来て?」  ドキドキしながら、わざとタメ口で言ってみた。 「うん、もちろん……ていうか、そんな可愛く誘われたら5、6時限目がめちゃくちゃ長く感じそうだよ」  秋川先輩が「可愛いなぁ」って呟きながら僕の頬を指の背でスッと撫でた。 「昼休みは短いのにね」  ほんの少し、眉を歪めて先輩が言う。  格好いいなぁって思いながら、うん、て頷いた。  
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