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 放課後、秋川先輩と一緒に家に帰ったら、今日は母が先にパートから帰って来てて、いつものように「おかえり」って出迎えてくれた。    すっごい照れくさい  どんな顔すればいい?!  玄関に入りながら、ぶわーって顔が熱くなっていって慌てて俯いた。母がくすっと笑うのが聞こえた。  お母さん、知ってるんだ。僕と先輩が付き合ってるの。 「いらっしゃい、秋川くん。暑かったでしょ」  知った上で、先輩を迎えてる。 「こんにちは。そうですね、蒸しますね、一段と」  秋川先輩も、お母さんが気付いてるの知っててうちに来てる。  隠さなくていいんだ、先輩と付き合ってるって  恋人なんだって    大好きなんだって 「……っ」 「保科くん?!」  不意に視界に水のカーテンが下りた。世界が潤んでキラキラしてて、よく見えないけどすごく綺麗。 「やだ琳、どうしたの? もー」  次から次へ涙が溢れてくるの止められない。  目が熱くて顎が冷たい。 「…だ…って……っ」  秋川先輩が長い指で優しく頬を拭ってくれてる。 「ほんと…のこと、言ってい……」  お母さんに嘘つかなくていい。先輩に嘘ついてもらわなくていい。 「…うん。そうだね、保科くん」  優しくて柔らかい秋川先輩の声が、じんわりと染み込んでくる。 「…もしかして言った? 秋川くん。私が気付いてるって」  母がボソッと言った。 「はい。言いました、昼に」  先輩もボソッと応えてる。 「そっか、だからか。それにしてもねぇ、もう琳ってば泣き虫なんだから。ねぇ、秋川くん」 「はい。めちゃくちゃ可愛いですよね」 「あら」  母のびっくりした返事。僕もびっくりして少し涙が止まった。 「普通、相手の親に面と向かってその子のこと『可愛い』とか言えないと思うわよ? すごいね、秋川くん」 「そうなんですか? 俺初めてだからよく分からないんですけど……」 「あ」  秋川先輩がハンカチで僕の涙を拭いてくれる。  ハンカチ、先輩の匂いがする。 「ていうか俺、駄目なんですよ。もう保科くんが可愛くて可愛くて、すぐにポロポロ言っちゃうんです。学校とか他の誰かがいる時は気を付けてるんですけど」  苦笑いを浮かべた秋川先輩がそんなことを言うから、ますますどんな顔をしたらいいか分からなくなる。 「でも保科くん、ほんとに可愛いから……、やばいなぁ……」  秋川先輩が蕩けそうな笑顔で僕を見た。 「ていうか秋川くん、顔に全部出ちゃってるわよ?」  母がくすくす笑いながら言う。 「うわ、ほんとですか?」 「ほんとほんと。バレるわよ? 周りに」  バレてます、もうすでに  そう思って秋川先輩を見上げたら、先輩も僕を見下ろして2人して吹き出した。 「やだぁ、2人で世界作っちゃってー。仲良しなんだから」  笑い続けていた母が、キュッと唇を引き締めて僕と秋川先輩を順に見た。 「ずっとそうやってね、2人でにこにこしてられるようにお互い頑張ること。片方が頑張るんじゃダメなのよ? おんなじように頑張ってないとね、バランス崩して転覆しちゃうから」  割と真剣なトーンで言った母が、最後に「ね?」と言って、僕たちは同時に「はい」と応えた。  母が「よろしい」と笑い、両手を広げて僕と秋川先輩の背中をポンポンとたたいた。
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